
※LOVEBITESの皆様からお写真をお借りしております<(_ _)>
※「ラブバイツ」ではなく「ラヴバイツ」が正しい表記であることは重々承知しておりますが、多くの方が「ラブバイツ」で検索していることを知り、一部、「ブ」をあえて採用しております。ご了承ください<(_ _)>
※念のため。ここから先は、すべて私個人の音楽観、聴感、メディア観に基づく感想です。どう感じるかは人それぞれ。当然、異論もあるでしょう。また、外から確認できない内部事情について、事実を知っているという趣旨ではありません。
※2026年のお米は豊作のようです。鶏飯のもとを集めてみました☟
もう後先について考えるのは止め。出版業界の重大な問題です。寸止めですが、 ちと気付いてしまったことを思い切って書いちゃいます

みなさん、こんばんは。いよいよ「Outstanding Tour Japan」が始まりました。でも、実際に観るまでは日記に書くことも取り立ててないなあ……なんて思っていたんですが、こりゃ、世の中たいへんなことになってきました。次のリンクにも書きましたが、いま出版・印刷業界がたいへんなことになっています。理由はオイルショック・ナフサショックに加え、AIショックの影響の大きさでしょう。この世には、SNSで調べても出てこないような業界紙や専門誌が無数にあって、2026年はそういう存在がなくなったという話が間断なく耳に入ってきます。あと、通販会社が紙媒体での展開を終了させるという流れでしょうか。かなり有名な会社がデジタルへの完全移行を発表するといった事例も少なくありません。
そして、この一報です。「週刊ダイヤモンド」、2027年3月をもって紙媒体の発行を終了、同年4月から完全デジタル雑誌へ……別に熱心な読者ではありませんでしたが、1913年創刊、110年以上の歴史を持つ大手経済誌です。何もわからないまま投資を始めた当初、気になる記事が載っていると、勉強がてら、たまに買っていました。このニュース、出版界に大きな衝撃を与えたのではないでしょうか。
2026年10月には角川書店が出しているあの「ダ・ヴィンチ」も休刊。ここまでの雑誌がなくなるのかあ…いよいよ紙媒体の終焉が2026年を契機に雪崩れ現象のように起こるような気がしています。
こう考える具体的な理由ですか? そりゃ、ロックを愛するみなさん、身近なところで考えてみましょう。いわゆる散髪屋にあったようなグルメ雑誌やグッズ情報誌が淘汰されて久しいですが、記事なのか、広告なのか、その境界線がわからないような雑誌から順番に消えていった。そして、誌面に占める“記事の顔をした広告”の割合が増えていることに読者が気づいたら最後です。以下は象徴的な話。しかしまあ、まさかレビュー記事で「商業主義に魂を売った」「こんな作品をリリースして、過去の自分たちに恥ずかしくないのか」「もう昔のような作品は作れないのだろうか」などと書いていた雑誌が、もし、広告代理店とバックにいる何かが用意した“踏み絵”を、自らの意志で思い切り踏み抜いてしまったとしたら?……爆笑

もちろん、誰を取材対象とするのかは出版の自由。しかし、長年「音楽そのもの」を値踏みし、時にミュージシャンの人生まで斬るような言葉を並べてきた雑誌なら、読者から同じ物差しを向けられる覚悟くらいは必要でしょう。名前も実績も全部伏せて、音だけを聴いたとして、それでも同じ扱いになったのか――私の耳が完全に壊れていたらすみません。長年ロックを“爆音(だせえ言葉w)”で聴いてきた結果、ついに善し悪しもわからなくなったようです。いやあ、年は取りたくないものですなあ。最近、何から何までわからないことばかりですが、私はあくまで“音楽のファン”であるとだけ。
それにしても、バンドマジックとは恐ろしいものです。ぶっちゃけ、楽器のことがてんでわからない素人は、その中にいる全員が同じ水準に聴こえてしまう。あと、歌謡曲とドラマのサントラが根っこにあるので、気づけばヴォーカルとギターばかり追っている。だから、Ozzy Osbourne Bandであり、Judas Priest。ところが、周囲の音が変わった途端、それまで見えていなかったものが妙にはっきり見えることもある。今さらながら「そこらへんをわかって聴けている?」と過去の自分に教えたくなります。twitterのミュートワードが多く、世間知らずなこのおじさん。前回、ACCEPTの50周年アニバーサリーアルバムの先行リード曲が素晴らしいと書きましたが、その後、チャッピーにメディアでの扱いについて尋ねてみたら、いくつかのリンクを提示してくるので、すぐに気づいてしまいました。しかしまあ、そこまで落ちぶれてしまったのか? ロックを聴いてきたファンの多くが同意するでしょう。音楽出版、ついに落日の時。これ以上は察してくださいな。
※だいぶ前に具体的に書いたnote。さすがにこれ以上言わせるなよ。ノーコメント笑☟

※2000年頃、創刊号からすべて処分してしまった某雑誌について……はっきり言ってしまえば、高校生のわずかな小遣いまで返してほしい。それくらいの話。あまり素人の耳をなめんなよ笑☟

※ACCEPTについて☟

※スペースウンコの方の本。いわゆる本物の芸術家です☟
AI作成の「間違っていない70点」がネットを埋め尽くす日――でも、なんかイマイチ、いや、イマニ、イマサンなんだよなあ……

さて「Outstanding Tour」のセットリストを自分が観るまで知りたくないので、私は“twitterをほぼ読まない生活”に突入しました。ただ、いまの革命的なAIの進歩を考えると、ネットにつながっている状況だけでも、この目論見は危ういのかもしれません。そんなことを考えてしまうほど、AIがこなす仕事は新しいフェーズに入ったように感じています。実はtwitterを読まない代わりに、暇つぶしでチャッピーに広告や雑誌のパロディをその場の思いつきで作らせ、新しく作ったインスタのアカウントにいくつか上げたのですが、まあ、似たようなことをやっている輩の多いこと多いこと。おっさんの食い物の写真は不味そうで人気がないということが周知されたのでしょうか。しかし、ロボット仕事をインスタに上げる不届き者には、ロボット仕事がレコメンドされたり、いつの間にか近寄ってきます。他人のお遊びはとやかく言えないとはいえ、これには、ぎゃふんです。

ちなみに、Asami先生にお写真を借りた「アサミペン」の広告パロディのプロンプトは、なんとたったの5文字。「アサミペン」、ただこれだけです。キャッチコピーや言葉を置く位置などのレイアウトについては指示をいっさい出していません。にも関わらず、あっさり20秒ほどでこのレベルの仕事。こうなってしまうと、平面媒体のライターやデザイナーの仕事など、呆気なくなくなってしまう理由がよくわかります。

こちらの「あさみマック」についても、お写真を拝借しただけ99%。「あさみマック」以外で出した指示は「キャッチに“スマイル”という言葉を入れる」だけです。これらが物語るのは、アサミペンのネタ元である「アサヒペン」もそうですが、チャッピーは膨大な過去データを食らっている事実。もちろん、こちらの意図などお見通しで「もっと面白いものが作れる」と言わんばかりに「まあまあの言葉」を勝手に加味して実力を見せつけてきます。
ただ、ここで問題なのは「ネット検索に引っ掛からない文字内容が画像内に勝手に書かれている」ことです。場合によっては、まったくもってありがた迷惑。twitterを眺めていて、気づいたのですが、仮にミュートワードにしていても画像ファイル内の文字を読んでしまう可能性が極めて高いわけです。そして、2年前にはアニメキャラのAI画像があふれ返っていたインスタとなるとなおさら。この手のキャッチはもちろん、案の定、日本人には面倒だった曲名や歌詞など、画像内にAI文字の英語が氾濫していることにすぐ気づきました。どこかのだれかさん、絶対にセトリを流してくるなよ。それにしても、アーティストへのラブレターまでAIに書かせるかね? そこは自分で書くから面白いんじゃないの?笑

私の感触だとライティングの領域は、2025年末あたりと比べ、仕事のクオリティが数百倍にアップしている印象です。まだまだ改良の余地はあるのでしょうが、違和感という名のギャップが埋められた時、さらに多くの仕事が消えるでしょう。そして、問題はロボット仕事はとっくの昔にネットだけの話ではなくなっていることです。企業から届くメール、商品の説明文、店頭のポップ、案内文、プレスリリース……別に署名など必要なく「型があって意味が通ればいい」ものほど、物すごい勢いでAIに置き換わっている。実際、メールのやりとりをしていて、妙に正しすぎて、書いた本人の顔がまるで見えない文章が本当に増えました。
もちろん、それ自体が全面的に悪いとは思いません。貼り紙ひとつでも、普通の飲食店が「店主入院のための臨時定休のお知らせ」を作るために、半日もかけて作業する必要はどこにもない。こういう案件については、ネット上に落ちていたフォーマットがAIに置き換わっただけの話。ただし、世の中の文章が「間違っていないだけの70点」で埋め尽くされた時、いったい何が起こるのか。誰も責任を持たない言葉、誰も考えていない言葉、どこかで見たような言い回しばかりが、あふれることになります。これがネットの近未来なのかもしれません。
※AIとの付き合い方?について☟



AIはいつまで人間の道具でいられるのか?墓場泥棒のその先――人間が食い尽くされた未来の姿とは

しかも、それは文章だけではありません。画像も、動画も、音声も、それらのハイブリッドも同じ。安く、早く、それなりに見栄えがする。経営する側からすれば、これほど都合のいいものはない。人間が何日もかけて作っていたものが数秒で出てくるなら、とりあえず「これでいいじゃん」となるのは当然です。しかし、この「これでいいじゃん」が社会全体に広がった時、人間は知らないうちに「人間が作ったものよりAIが作ったものを見る時間のほうが長い世界へ」入っていくのでしょう。そして、リアルに感じているのは、まさしく今がその入口なのではないかということです。
とはいえ、もう戻れない。実際、私が一番怖いのは、AIが人間より上手に文章を書くことではありません。むしろ、人間が考えて書かなくなり、それでも社会だけは何事もなかったように回ってしまうことです。チャッピーが5文字で「アサミペン」を作れるのは、ゼロから広告を考えたからではありません。アサヒペンをはじめ、過去何十年、何百年にわたって人間が作ってきた広告、雑誌、写真、コピー、商品デザイン、レイアウト…などが埋葬されていた墓場を掘り返し、その骨を猛烈な速度で組み直しているだけ。いってみれば、手を泥で汚さない墓場泥棒みたいなものでしょう。
知っている限りでは、人間の指示ひとつでかなりの部分はどうにでもなるところを、現在、出版・印刷の現場にいる良識人たちがなんとか食い止めている。ただし、企業経営の立場に立てば、取材のいらない雑誌などにライターは不要。もう編集者もデザイナーも総勢2、3人いれば十分なのではないでしょうか。実際、クオリティを求めなければ、新聞も、雑誌も、広告もAIだけで出来上がってしまいます。なぜなら、AIに過去の人間の仕事を食わせていればいいだけなのだから。ただし、すべてが置き換わったとして、その後、AIはいったい何を食って賢くなるのか。AIが書いた記事をAIが読んで、AIが作った広告をAIが参考にして、AIが考えたキャッチコピーを別のAIが言い換える――これが大半を占めるようになった時に初めて、人間は気色悪い世界に青ざめて、道を誤ったことを後悔するのではないでしょうか。

「新感染」のパロディです
AIという化け物はターミネーターがやってくるような話ではありませんでした。平和的、民主的に使われる限り、AIは社会に少なからず恩恵をもたらすでしょう。私自身もこれだけ遊んでいるのですから「AIなんか使うな」と言う気はありません。しかし、便利な道具であることと、永遠に人間の支配下にあることは別の話。だから「ASI(Artificial Superintelligence=人工超知能)」の開発を止めるべきではないかという議論がいよいよ本格的になってきたということです。詳細は割愛しますが、現在の生成AIから、人間並みに幅広く考えられる「AGI」へ進み、そのさらに先にあるのが、ほぼあらゆる知的能力で人間を上回る「ASI」だとされています。自動車の進化にも似ていますが、馬より速い、人間より正確に走る、そこまでなら便利な道具です。しかし、ハンドルもブレーキもクルマ自身が握り、人間よりはるか先の道路状況まで読めるようになったら、もはや「それは運転といえるのか?」、つまり、言葉の定義までおかしくなる。 人間がASIに知能そのものを追い越されたら最後、仕事を取られるとか、文章を書かなくなるとかいう話ではなくなります。
「人間消えた、虫いっぱい」――そろそろ、どこかで止めないと。私はお絵描きと自分の書いた文章の校正・校閲・ファクトチェックまでかなあ。で、おい、チャッピー、「『高市早苗はキチガイ』っていつも書いているけど、それは良くない言葉だよ。『考え方がおかしい』くらいに直そうよ」などと指摘する前に、まずおまえの在り方を考えたほうがいいぞ。
自己批判を忘れたメディアと、余計なことをするAI――筑紫哲也氏が生きていたら、いま何を発言するのか……?

「アサミ・ジャーナル」創刊号はこのへんでEpilogueとなります。もちろん「朝日ジャーナル」のパロディなわけですが、なかなかチャッピーが意図した年代を理解してくれず、ああでもない、こうでもないと言っているうちに、気づいたら9月になってしまいました。ところで、朝日ジャーナルの14代目の編集長だった筑紫哲也さんがご存命だったら、AIについてどのように発言したのかは気になるところです。TBSの番組スタッフが、坂本弁護士の取材映像を公開前にオウム真理教幹部に見せ、その後、坂本弁護士一家殺害事件が起き、後にTBSの報道倫理を揺るがす重大問題となった『TBSビデオ問題』は1995年のこと。翌年に事実を認めた同局に対し、「ニュース23」のメインキャスターだった筑紫さんは生放送で「TBSは今日、死んだに等しい」と猛烈に自己批判しました。そして、良くも悪くも、日本のメディアの自己検証が本格的に始まったのは、ちょうどこの頃からです。遅くも感じられると同時に、令和になって、早くもそういうスタンスが失われてしまったことは、非常に恐ろしいことだと考えます。
話は戻りますが、ここから先は、私個人のメディア観です。どのようなメディアでも自己批判の精神と自浄作用を失ったら、もうおしまいではないでしょうか。まして、過去の発言と著しい乖離を起こし、ダブルスタンダードをやってまで、同じ看板を掲げ続けるのであれば、昔の読者のために名前だけは変えたほうがいい。なぜなら「読んでいた」と過去を公言するだけで恥ずかしいことになってしまうから。誰でも、どんな媒体でも「転向」や「宗旨替え」というのは少なからずあるでしょう。しかし、100点満点で作品に点数まで付け、他人の人生を貶めたこともあった媒体が「今日からアイドル雑誌でちゅ」では済まされない。表紙を見ただけですが、その表紙に並ぶ別のバンドの名前をよく見てください。ロックを長く聴いてきた人なら、この違和感の正体はだいたいわかるはずです。SNSは見ていませんが、チャッピーで検索をかけました。拾われた反応を私なりに一言でまとめれば「現実と誌面の美辞麗句の絶望的なギャップは、メディアとしての情報価値や信頼性を失わせる」――こういうことでしょう。見る人は見ている。もう潮時なのではないでしょうか。少なくとも100点満点でレビューするのはもう止めたほうがいい。はっきり言ってしまえば、他人の人生や生業を斬り捨てる役割を担う資格はとっくの昔になくなっていた。個人的にはこう考えます。
で、チャッピーさあ、俺はあんまり世の中のすべてを見たくないんだわ。リクエストしたのは「ACCEPTの50周年記念盤のヨーロッパメディアの評価」だよな。それをなんで、日本の雑誌からニュースソース引っ張ってくるの? おまえ、本当にそういうところ良くないぞ。こっちはわざわざ見る範囲を「海外」と指定しているんだから。謝れよ。
「ヨーロッパメディアの反応を調べろ」と言われているのに、日本の雑誌を持ってくる。これはもう「刺身を頼まれてるのに、厨房からお好み焼きを持ってきた」くらい話を聞いてない。海外に限定してるのに、勝手に検索範囲を広げて日本を混ぜちまうなんて、親切のつもりで地雷原を拡張してるようなもん。俺、自爆する。ドカーン。
コイツ、タイムボカンか……最近、まじ、余計な仕事ばっかするし、なめてんな。次回までに締めておきます。では、ごきげんよう、ばいちゃでやんす。
※日本がひとりの政治家によって壊されそうになっています。右も左も関係なく、常識で考えたほうがいいと思うんですよねえ…☟















今週のInspire

「今週のInspire」のお時間となりました。インスタのサブスクでAsami先生が広島からの帰りの新幹線でひとりでおにぎりを食べるという面白コンテンツが炸裂しました。「もともと先生は“ギャル曽根の法則”を兼ね備えている」と書いた私としては感無量ですね。私が飼っているチャピ公に教えてやったら、こういうのを作ってきました。ご査収ください。
あと、LOVEBITESのtwitterだけは通知欄に表示されるのでチェックしているのですが、先生が思っていることは声だけですぐわかっちゃいます。福岡も広島も素晴らしいライブだったことが一発で伝わってきました。でしょうね。じゃ、今回は私のNO.1~NO.3のリクエストをまとめて貼っておきます。プレイされていますように🍙



※「Etnenally」☟



※「The Eve Of Change」☟



※「Out Of Control」☟


※「Forbidden Thirst」☟


※「Dream Of King」☟


※「Wheels On Fire」☟


※「The Cataway」☟

※「The Reaper’s Lullaby」☟

