- 宮部みゆきのぶっちぎり!しかし、そのほかは先鋭的で尖った異形がめじろ押し!2002年『このミステリーがすごい!』ベスト20
- 令和になり、すっかり忘れられてしまった鬼畜バカ・小川勝己が『彼岸の奴隷』でハジけまくり、舞上王太郎がデビュー作『煙か土か食い物』の速射砲ラップで毒を吐きまくっていた当時は寛容な時代だった……
- ヤクザに憧れるガキ、ほぼ鬱のデカ、狂って暴走する主婦…すべては普通の小市民。この一冊で奥田英朗という沼にはまります!
- ジョン・レノン、江川卓、松田優作、北の湖、キャンディーズ…昭和生まれなら必ず響く固有名詞が見付かる青春小説『東京物語』に胸キュンが止まらない!
- 奥田英朗がいかにロックに詳しいか!Rainbowの初来日公演を観ており、Thin Lizzyあたりの固有名詞は作中に楽勝で出てくる偉才の奥深さは「ヘヴィメタ」という表記に現れている!
宮部みゆきのぶっちぎり!しかし、そのほかは先鋭的で尖った異形がめじろ押し!2002年『このミステリーがすごい!』ベスト20
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1位 模倣犯 宮部みゆき
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2位 邪魔 奥田英朗
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3位 ミステリ・オペラ 山田正紀
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4位 スティームタイガーの死走 霞流一
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5位 超・殺人事件 東野圭吾
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6位 闇先案内人 大沢在昌
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7位 天狗岬殺人事件 山田風太郎
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8位 13階段 高野和明
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8位 煙か土か食い物 舞上王太郎
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10位 相棒に気をつけろ 逢坂剛
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11位 彼岸の奴隷 小川勝己
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12位 黒い仏 殊能将之
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12位 ドミノ 恩田陸
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12位 螺旋階段のアリス 加納朋子
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15位 天国への階段 白川道
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15位 片想い 東野圭吾
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17位 心では重すぎる 大沢在昌
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17位 悲鳴 東直巳
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19位 R.P.G 宮部みゆき
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20位 忍法創世記 山田風太郎
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20位 眩暈を愛して夢を見よ 小川勝己
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20位 三人目の幽霊 大倉嵩裕
対象は2000年11月ー2001年10月。この順位だと『模倣犯』について触れておいたほうがいいのでしょうか?私は映画を観ていないんですよ。このころ既に、令和になって世の中を騒がせている原作を軽んじた脚本・映像化については問題視されていました。とっくの昔に大ブランドだった「宮部みゆき」、しかも、このミス史に輝く金字塔に対して、どれほどの方だったのかは存じ上げませんが、よくもまあ、勇気ある行動に出たものだと逆に感心します。
さて、この年は異色の作品だらけ。いわゆる「良くないミステリーの読者」である私のような輩にはたまらない一年でした。実際、江戸川乱歩賞受賞作でもある高野和明さんの8位『13階段』について書かれたこのミスのレビューを読み直すと笑ってしまいます。
「(江戸川乱歩賞と)『このミス』は相性があまりよくない。これまで真保裕一の『連鎖』と藤原伊織の『テロリストのパラソル』、そして昨年の『脳男』と過去に三作しかランクインしていないのだ。期待をかける新人の作品であっても、偏差値が高くまとまった作品より、異形であっても先鋭的で、尖った作品を『このミス』の投票者が好むからかもしれない」
このあたりが個人的に「このミスというガイドブック」を頼りにしている理由です。みなさんは小説に何を求めていますか?私は「セックス、ドラッグ、バイオレンス」「バカ」「ゲスな笑い」といったところでしょうか。また作品の向こうに透けて見える「いっちょのし上がってやろう」「このふざけた話で世の中を驚かしてやろう」という情熱といいますか、野望が感じられる作品を好みます。こんな感じですので、個人的に2002年版は大好物が妙に多く集まった印象が残っています。
令和になり、すっかり忘れられてしまった鬼畜バカ・小川勝己が『彼岸の奴隷』でハジけまくり、舞上王太郎がデビュー作『煙か土か食い物』の速射砲ラップで毒を吐きまくっていた当時は寛容な時代だった……
例えば、小川勝己さんの11位『彼岸の奴隷』は大好きな作品。これは徹頭徹尾、エログロで攻め抜き「一発かましてやろう精神」が文脈から滲み出ています。このミスは「親子関係でトラウマを抱えるふたりの刑事」「変態イメクラ少女」…などと、登場人物のキャラを説明していますが、その極め付きが、女体を切り刻む人肉嗜好のヤクザ・八木澤。コイツが出てきた瞬間、すべてをぶっ飛ばし、笑いの極北へと誘うのです。ここでは、例として、変態極道の部屋に飾られた額縁をご紹介しておきます。
「じんぎ☚」「ぎり✌」「にんじょー!」「にんきょーど~💛♬ぱふぱふ」
なお、この部屋からはマジックミラーで隣室で繰り広げられる他人のイケないプレイを観察できます。ブティック勤務の女性と致していた相手は、な、なんと……文字にできませんので、買ってください。そうなってしまった理由まで爆笑です。はっきり言って、令和のいま、許されるのでしょうか。小川勝己という作家がすっかり忘れ去られ、平成が遠ざかっていく時の流れを実感せざるを得ません。
また、この年は舞城王太郎さんのデビュー年です。芥川賞にもノミネートされた実績を持つ鬼才は、目に飛び込んでくる薄っぺらいものをバッサバッサ。9位『煙か土か食い物』は密室、暗号、家族愛、トラウマ……など、1990年代後半以降のミステリーの題材のすべてをおちょくる喧嘩上等の精神が素晴らしい。何より舞城さんと言えば、独特の音楽的な文体。まさしく速射砲ラップ、高速マシンガン・ツーバスドラムという言葉が似合います。
「二郎が大きくなるにつれて丸雄の体罰もエスカレートし二郎の失敗も派手になって丸雄もさらに暴力的になった。二郎が相手を罵るボキャブラリーを増やしたせいで事態はさらにひどくなった」
雑で荒っぽいように感じられますが、韻を踏んだり、意外な形容句が出てきたり、とにかく切り詰めたセンテンスと面白ワードが止まりません。しかも、抜粋したこの2センテンスはこの一冊の根底にある重要要素をズバリ伝えているから驚きです。いささか読みづらいきらいがあって、読者を選びますが、好きになってしまえば、とことんハマるということを付け加えておきます。
ヤクザに憧れるガキ、ほぼ鬱のデカ、狂って暴走する主婦…すべては普通の小市民。この一冊で奥田英朗という沼にはまります!
さて、みなさん、お待たせしました、奥田英朗さんへ話を移しましょう。このミス無冠の「チクショー、なんでだよ、惜しい!」は、宮部みゆきという巨人とバッティングしたこの年から始まります。2位『邪魔』は運がないというよりほかにないでしょう。出世作である『最悪』と同じく、主人公3人を取り巻く群像劇でありながら、追い詰められた彼ら、彼女らが無軌道に突っ走る姿は破壊力を増しています。後に奥田さんが生み出すクライムノベルを想起させる場面がグンと増え、スピード感とリアルな台詞がたまりません。数年、前後にずれていたら絶対に戴冠を果たしていたはずです。
暴れてくれるのは、不良ぶっている17歳の少年、妻子を交通事故で亡くした36歳の警部補、そして、夫とふたりの子供を持つ主婦です。ぷっつんしてから狂っていく奥田小説の小市民というのは、やはりすごいです。それにしても、主人公たちが可愛くないのでしょうか?外堀を埋めてしまい、追い込んでいく筆にまったく容赦がないのですよ。
例えば、慎ましいながらも、幸せな生活を送っていた及川恭子は何も悪くない。夫が宿直中の会社に火を付けた挙げ句、アッという間に警察に追い詰められ、会社でも孤立して「自首したい」では、怒り狂うどころか、人格まで変わってしまうのが必然です、
帰ってこなくていい。いっそう事故で死んでくれていい。そう考える自分を少しも悪いと思わない。
という内面描写からの…
「あんた死ねば」
そして、すべてはローンの残った家や子供の将来のためです。パート先の社長が言い寄ってきたら、ウリをやってしまうのも仕方がありません。
出だしのほうでは
「わたしは、今年になって(時給を)五十円、上げてもらいましたけど…」
と慎ましやかだったのに…
「わたしはねえ、まだ三十四なんだよ。その気になれば水商売だってできるんだよ(中略)九百…八百…(間を取って七百五十で話がつき)ちゃんと洗っといで」
奥田小説には「トルエン泥棒」など、チープな田舎の不良少年が何人も出てきますが、17歳の渡辺祐輔は記号のような典型で笑いの原動力となっています。また、ワーカホリックなまでに働く刑事・九野薫の病み方は『最悪』を超えたリアルさがあって、笑えない部分さえあります。偉才のブラックないじりに登場人物は蹂躙されるだけ。なぜ、これほどの作品がトップでなかったのか……ほかは読んでのお楽しみですが、私だったら文句なしの1位に投票します。
ジョン・レノン、江川卓、松田優作、北の湖、キャンディーズ…昭和生まれなら必ず響く固有名詞が見付かる青春小説『東京物語』に胸キュンが止まらない!
そして、この期間には『東京物語』も刊行されていたようです。ミステリーではありませんが、奥田英朗という作家が主人公に投影された青春小説で、後のエッセイなどを読みますと、私小説に近い部分があることに気付かされました。当時はそんなことも知らずに読んでいましたが、1冊目がボロボロになってしまい、2冊目を買ったほど。奥田さんの趣味の幅広さと知識の深さを知ることができ、何より、その魅力を楽しく伝える力に感銘を受けました。個人的にはたいへん思い入れのある短編集です。
本棚の下二段を占拠していた約百枚のLPレコードは、今ごろ東京の下宿に届いていることだろう。これを持っていくと告げたとき、母は難色を示した。(中略)レコードは久雄の宝物だ。中学一年のときに洋楽に目覚め、それから六年間で百枚をためた。久雄は三度の飯よりロックが好きだ。
こんなふうに奥田さんのエッセイのファンならすぐわかります。まさしく奥田青年です。
章立ては以下の通り。
あの日、聴いた歌 1980/12/9
春本番 1978/4/4
レモン 1979/6/2
名古屋オリンピック 1981/9/30
彼女のハイヒール 1985/1/15
バチェラー・パーティー 1989/11/10
ロック好きな久雄君は1年の浪人を経て、大学に合格。晴れて念願の上京を果たします。記念すべきその日は、日本武道館でフォリナーがライブを行う日でもありました。行ってみようかな…でも、久雄君は止めます。なぜなら、フォリナーのことは別に好きでもなんでもなかったから。
その後、東京散策をしていると、総武線が異様に混んでおり、自分の乗り換え駅であった水道橋でほとんどの人が降りるではないですか。そして、みなが同じ方向へと歩き出すのです。白く光る空、巨大なすり鉢状の建物…そう、その日は後楽園球場でキャンディーズの最後のコンサートが行われていたのでした。はっきり届いた彼女たちの歌声。久雄君は全然ファンじゃない三人のことが急に愛しくなりました(春本番 1978/4/4)
このほか、目次に記された日付は、誰でも知っている日に関連しており、意味があります。また、無数のミュージシャンや映画の名前が散りばめられ、江川卓の初登板や北の湖の引退まで登場。ディスク・ユニオンもいとしのエリーも出てきます。さらに、甘酸っぱい女の子とのやりとりやもちらほら。奥田さんは私よりひと回り以上も年上ですが、昭和生まれの音楽好き・映画好き・スポーツ好き等には、たまらないガジェットのオンパレードになっており、その場にいるようなタイムスリップ感覚が味わえます。ちょっぴり青臭くて、胸キュンな物語がお好きな方はぜひどうぞ。ページをめくる度にグッとくると思いますよ。
奥田英朗がいかにロックに詳しいか!Rainbowの初来日公演を観ており、Thin Lizzyあたりの固有名詞は作中に楽勝で出てくる偉才の奥深さは「ヘヴィメタ」という表記に現れている!
蛇足ながら、1年置きくらいにツイッター上でやたらと話題となる「ヘビメタ」という略称問題について。『東京物語』の主人公・久雄君はヘヴィメタルと線引きされた音楽は「ちょっと…」と話しています。しかし、私が注目したいのは、この点ではなく、作中で久雄君に音楽の趣味を尋ねる女の子が「ヘヴィメタ」という表現を使っていることです。これはBURRN!誌の初代編集長が「略すなら『ヘビメタ』ではなく『ヘヴィメタ』ではないか?」と発言したことや、周辺の取り巻き連中に配慮したものと考えられます。逆に言えば、呼び方やカテゴリーにこだわってばかりいる輩への皮肉と読めなくもありません。いかにも音楽を聴く上でどうでもいいことで、くだらない話ですものね。
このほかの詳細や私の憶測は割愛しますが、奥田さんはRainbowの初来日公演を観ているほど、ヘヴィメタル/ハードロックと呼ばれる範疇の音楽に詳しいことは、ロック・エッセイの金字塔『田舎でロックンロール』などに記されている通りです。また、80年代の音楽雑誌を読んでいることは『東京物語』からも理解できます。そして、大貫憲章、渋谷陽一は作中に出てきても、なぜか某音楽評論家氏の名前は、目にしたことはありません。このへんについては知っておいて損はないでしょう。
以上、今回はこんなところです。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
二文字作品の第3弾!奥田文学の金字塔『無理』について☟
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
東京オリンピック作品 第2弾『罪の轍』について☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』☟
※最新作『リバー』について書いています☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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