懐かしい名前が見られる一方で、オジサンは完全に乗り遅れていると実感…いくつになっても、読んでも読んでも追いつかないです…
対象は2018年11月-2019年10月。21位以下ですが、馳星周氏が新宿ゴールデン街の深夜プラスワンでアルバイトしていた時代の青春小説『ゴールデン街コーリング』が入っています。ハードボイルドでもノワールでもありませんが、令和元年になっても変わらず、何らかの形で馴染みの作家さんの作品をこのミスで見付けられるのはうれしいこと。なお、馳氏が『不夜城』でデビューする前年まで、書評家「板東齢人」として、このミスで票を投じたベスト5は1992年~1996年に掲載されています。1996年あたりだと、梁石日氏、花村萬月氏、藤沢周氏へ傾倒していたことを公言。そして、この期間の青春エピソードについて綴られたのが『ゴールデン街コーリング』です。
※以下のリンクで馳星周氏のベスト5を取り上げています。
と同時に新しい作家さんへの関心を持ち続けなければならないことも痛感。このミスと自分の読書傾向の乖離を感じた一年で、完全に乗り遅れていることに気付きました。ちなみに、2023年現在、私は呉勝浩さんにご執心。15位に『スワン』が入っていますが、評価が低いなあと思ったりします。でも、氏が世間をアッと言わせるのは2024年版。あの最強の犯罪者を生み出した驚異の筆力については後に取っておきましょう。
奥田英朗が贈る痛烈な令和ディストピアへのアイロニー!『罪の轍』は元気いっぱいだった昭和の闇を描き切った大傑作!
さて、この年で驚かされたのは、奥田英朗さんの4位『罪の轍』、横山秀夫さんの2位『ノースライト』が戴冠を逃したこと。どちらかが取るという確信があったのですが、物の見事に外しました。近年、いわゆる新鋭が書く本格の人気の高まりを感じており、さすがに無視できず、この年になっても勉強だなあなどと考えたりします。
奥田さんの『罪の轍』は戦後日本史でもあり、常に現在進行形である格差社会のルポであり、超一流の警察小説でもある。氏は『オリンピックの身代金』という昭和38年の東京オリンピック前後を描いた作品を発表しており、高度経済成長期の闇の側面を描かせたら天下一品です。また、浅草で起きた誘拐事件を巡る被害者へ報道のあり方など、痛烈な現代批判にもなっています。個人的に感じたのは、日本はまるで進歩がなく、東京など来ても夢はないということ。
「六区をぶらぶらしていたから、おれが声をかけたのよ。おめえ、仕事何やってんだって聞いたら、やってねえって。それでいろいろ聞いたら、北海道の礼文島から逃げてきて、空き巣やってしのいでるって…(後略)」
「空き巣」という言葉を別の現代の犯罪用語に置き換えてみてください。犯罪者に同情したり、擁護する気は毛頭ありませんが、令和のいま、週刊誌などで普通に目にしてもおかしくない話です。日本の経済政策や雇用問題について感じさせられることが多い作品でした。まあ、そんなことは抜きにして、奥田節全開、問答無用の面白さであることは強調しておきます。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
※以下では浅田次郎氏が奥田英朗さんの才能をデビュー当初から見抜いていたことなどについて触れています☟
※最新作『リバー』について書いています☟
なんと、あの横山秀夫があまり胃がキリキリしない建築家の作品を完成!北から射す柔らかな光で包み込んでくれる『ノースライト』
横山秀夫さんの2位『ノースライト』は『64』以来、6年ぶり。氏にはあの時のように無茶はせず、ずっと健康でいていただきたいから、のんびりペースで長編が読めたらよいなあと思っています。
主人公・青瀬は建築家。商業店舗の建築で名声を博しながら、バブル経済の崩壊とともに家庭もすべても失う。それから約8年後。「すべてお任せします。青瀬さん、あなた自身が建てたい家を建ててください」という施主の依頼で、北からの柔らかな光が射し込む「ノースライトの家」を完成させます。しかし、施主はあれだけ楽しみにしていたのにも関わらず、住んだ形跡もなく消えてしまうのです。
注目すべきは、一度は落ちた男が主人公という設定からして、組織にがんじがらめにされる横山作品にはないあり方です。むしろ、藤原伊織さんの作品を読んでいるような感覚さえあります。希望の光が見えるという点でも読み進めていて爽快感がある。大概のことは今は亡き北上次郎さんの帯の文章が代弁してくれているような気がします。なお、ノースライトの家が建てられるのは、浅間山を望む信濃追分。『クライマーズハイ』を連想するのは私だけではないでしょう。氏の新しい側面が強調された傑作です。
やはり、ただ者ではなかった!長浦京の『マーダーズ』は刑事が野放しの殺人者に殺人犯を捜させるというトンデモ設定
このほかでは、長浦京さんの14位『マーダース』。これはどこまで書いていいのか微妙ですが、このミスに線引きを委ねました。刑事が「野放しになっている殺人犯ふたりに考えさせ、その推理に基づいて殺人犯を追う」というとんでもない話。遠い昔からヒト〇ロシのことは、塀の中のヒト〇ロシに聞くのがお決まりですが、この話の殺人犯はまんまと世を欺き、一般社会に生きる人間。このありそうでなかったぶっ飛びの発想が長浦京ということです。『リボルバー・リリー』と違って、登場人物に感情移入が難しいですが、ミステリー色を断然増しており、氏の計り知れない力量を見た思いです。
2020年版 このミステリーがすごい!ベスト20
- 1位 medium 霊媒探偵城塚翡翠 相沢沙呼
- 2位 ノースライト 横山秀夫
- 3位 魔眼の匣の殺人 今村昌弘
- 4位 罪の轍 奥田英朗
- 5位 刀と傘 明治京洛推理帖 伊吹亜門
- 6位 紅蓮館の殺人 阿津川辰海
- 7位 欺す衆生 月村了衛
- 8位 昨日がなければ明日もない 宮部みゆき
- 9位 本と鍵の季節 米澤穂信
- 10位 潮首岬に郭公の鳴く 平石貴樹
- 11位 Ⅰの悲劇 米澤穂信
- 12位 早朝始発の殺風景 青崎有吾
- 12位 殺人鬼がもう一人 若竹七海
- 14位 マーダーズ 長浦京
- 15位 スワン 呉勝浩
- 15位 我らが少女A 髙村薫
- 17位 殺人犯 対 殺人鬼 早坂吝
- 18位 W県警の悲劇 葉真中顕
- 19位 蟻の棲み家 望月諒子
- 19位 予言の島 澤村伊智
- 19位 まほり 高田大介
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