ロックンロール作家・奥田英朗は「平成の家族シリーズ」第1弾『家日和』で柴田錬三郎賞を受賞!ピンサロのドストエフスキーこと、飯野文彦の『バッド・チューニング』、黒川博行の大阪ポリス・ノワール『悪果』、霞流一のバカミスの金字塔『夕陽はかえる』など超強力ラインナップの2008年版「このミステリーはすごい!」

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このミステリーがすごい!
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1~3位は1点差のデッドヒートという史上稀に見る大混戦!でも、毛毬ちゃんが突っ走る桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』は『私の男』と合わせ技で実質的にトップなのでは?2008年版『このミステリーがすごい!』ベスト20

どうやら、訪れてくださる方の大半は奥田英朗さんを目当てとしてくださっていると気付きました。いつもありがとうございます。そこで、本稿は大幅に改稿しまして、まず2008年版の中でオススメの作品をピックアップした後、対象期間に発表された奥田英朗さんの作品をご紹介したいと思います。なお、2008年度版には20位以下にも奥田作品はノミネートされていないことをご了承ください。

対象期間は2006年11月₋2007年10月。個人的には、このミスというガイドブックを読み始めて、これほど凄まじい作品が並んだ年はないという印象を持っています。桜庭一樹さんの直木賞受賞作『私の男』が24位、藤原伊織さんの遺作『ダナエ』『名残り火』も、東野圭吾さんも、志水辰夫さんも21位以下。本命不在ではなく、本命乱立。競馬のジャパンCを彷彿させる一年だったように思います。

順位 作品名 著者名
1位 警官の血 佐々木譲
2位 赤朽葉家の伝説 桜庭一樹
3位 女王国の城 有栖川有栖
4位 果断 今野敏
5位 首無の如き祟るもの 三津田信三
6位 離れた家 山沢晴男
7位 サクリファイス 近藤史恵
8位 夕陽はかえる 霞流一
9位 X橋付近 高城高
10位 インシテミル 米澤穂信
12位 密室殺人ゲーム王手飛車取り 歌野晶午
13位 バッド・チューニング 飯野文彦
14位 悪果 黒川博行
15位 マルドック・ヴェロシティ 冲方丁
16位 密室キングダム 柄刀一
17位 悪人 吉田修一
18位 心臓と左手 石持浅海
19位 片眼の猿 道尾秀介
20位 中庭の出来事 恩田陸

この年が恐ろしいのは1~3位はすべて1点差ということ。韓国でも映画化された佐々木譲さんの『警官の血』が首位に輝きましたが、桜庭一樹さんの『赤朽葉家の伝説』は発売時期が2006年末というハンデに加え、直木賞受賞作と票割れを起こしたことが顕著です。

それにしても、この女性三代記は凄まじい。昭和戦後史であり、暴走族の抗争劇であり、気付いたら古代神話まで盛り込まれています。赤朽葉家は古代からたたら製鉄で財をなしてきた一族で、この話の二代目にあたる毛鞠が率いる最強レディースは「製鉄天使」を名乗っています。話者は三代目で「特に自分には語ることはない」という毛毬の娘で控えめな瞳子。後に毛鞠のエピソードは『製鉄天使』としてスピンオフで刊行されたように、とにかく話が壮大!大河のようなスケールを誇る傑作には血沸き肉躍る興奮があります。
















『疫病神』シリーズに迫る最凶コンビが登場!この時はまだ刑事、堀内と伊達の武闘派コンビの喧嘩上等が幕を開ける!

オススメだらけなので、ドンドンいきましょう。黒川博行さんが生み出した『疫病神』シリーズを超える武闘派コンビの暴走は、14位『悪果』から始まりました。仕事ができて、もてて、カネに目敏い堀内と、巨漢の柔道家・伊達はこの頃は「まだ」今里署暴力団犯罪係の刑事。実においしい会社員です。話は「雀荘でヤクザと卓を囲んでいる時、名簿屋から堀内に電話がかかってきて、警察庁の犯歴データを渡す代わりに賭場開帳の情報をつかむ」ところから始まります。こういうことが「普通の刑事の日常」と感じさせるほど流麗な文体、凝りに凝りまくったディテールはさすがです。

黒川作品の刑事は漏れなく“マルタイ”の家庭事情から職場の人間関係まで、あらゆる手段を使って丸裸にしますが、本書の場合、刑事である堀内の女房のほうがマルチ商法にズブズブに浸かっており、病みまくっています。冷めきった家庭の描写はひたすら自虐的で美しい。巨匠はこういうオモチャをイジらせたら天下一品です。そして、後年、新興宗教やマルチの悪党ども、そして、連中とズブズブの関係にある政治家を叩く傑作を続々と発表していく兆候をここに見ることができる訳です。






バカミスの申し子がバカどもへ贈るバカミスの神髄!すべてがバカ、それでもロジカルな霞流一の『夕陽はかえる』は極上の面白さだ!

霞流一さんの8位『夕陽はかえる』はバカミスの申し子がバカミスを愛する者に贈るバカの聖典。端的に言ってしまえば、殺し屋たちによる殺し合いです。それでも、面白キャラクターから、彼らの立場や戦いにおけるルールなど、細かな設定までこだわりが尋常ではありません。とにかく凝りに凝っており、作家さんの生みの苦しみを見た思いです。ざっと殺し屋たちのルールから説明しておきましょう。

殺し屋たち“影ジェント”は“影ジェンシー”から仕事を請け負う。仕事は複数の影ジェントの決闘“入殺”で競られ“落殺”によって決定。仕事を獲得した者は“血算”し、自分が行った仕事であることを示すため“銘屍”を現場に残し、自己PRを忘れない(作中より要約)

さらに秀逸なのが、殺し屋たちの世を忍ぶ仮の職業と愛称です。例えば、

植木職人:処刑台のエコロ爺

アンパイア:痔獄のルールブック

元相撲取りのちゃんこ屋:土俵のプルトニウム

そして、ビリヤード屋でバイトするハスラー:急死のキューちゃん

(登場人物の紹介と本文中から一部だけを抜粋)

恐らく、物の数ページで爆笑が止まらなくなると思います。しかし、霞さんはバカミス・マスターであると同時に本格ミステリーの職人肌作家です。元相撲取りのちゃんこ屋は、元相撲取りのちゃんこ屋である必要があり、植木職人はそうでなければならない理由がしっかりあります。私のように本格が苦手な人にもオススメできるぶっ飛び本です。



















「このミス史上でも他を寄せ付けない最高の問題作」とこのミスのお墨付き!『バッド・チューニング』がいかに酷いか、ぜひ読んでほしい!

この年は語りたい作品ばかりですが、最後に大推薦本として飯野文彦の13位『バッド・チューニング』を挙げさせてください。後世に語り継がれるべき本というのは、いろいろあると思いますが、私は革命的な言葉の面白さもさることながら、ろくでもない男の本質や、乾いたザーメンと腐ったチーズの匂いをダイレクトに感じることができるフレイバー小説として、絶対に風化させてはいけない一冊であると考えています。

実際、このミスは以下の言葉で大絶賛!

「このミス史上でも他を寄せ付けない最高の問題作」「ピンサロのドストエフスキー」

雑誌『野生時代』のホラー大賞を振り返る座談会で書評家さんたちも喝采!

「(バッド・チューニングが)いかに酷い話かだけで盛り上がった」

これだけで、いかに衝撃的かご理解いただけるでしょう。自称“B腕探偵”の活躍で目を見張らせるのは、18章の51ページも割かれた「寸胴ばばあ」とのプロレスのような戦い。二転三転する白熱の一戦はぜひ手に取って読んでいただくとして、ここでは台詞を少しだけ抜粋しておきます。頑張れ!B腕探偵!その運命はいかに……

「顔にグーはやめて、パーで叩いて」

「『よし、もう一丁』高校野球の熱血監督のような掛け声をあげ、私はバットを構えた」

中略

「手で叩け、足で蹴れって何度も言っただろうが、それなのになんでバットを使った。答えろ、ええ」



















2006~2007年はこのミスと距離があったロックンロール作家。しかし、小市民をいじり倒す筆致は冴えわたり、ついに平成の家族シリーズ第1弾が刊行される!

では、奥田英朗さんに話を移しましょう。私はほかにも好きな作家さんはたくさんいるのですが、結局、愛の深さというものは伝わってしまうのかもしれません。

この当時、奥田さんとこのミスとの間には距離があったように思います。もちろん、2008年版には20位以下にも名前が見られません。もともと、謎解きの作家さんではありませんし、デビュー作の『ウランバーナの森』からしてまったくミステリーではありません。また、ご自身で「プロットを一切立てずに書く」と繰り返し発言されているように、緻密なトリックなどとも無縁です。一方でワンセンテンスに詰め込まれた観察眼と言葉選びの鋭さは半端ではない。このへんがこのミスの読者が憑りつかれる理由であるような気がしています。

さて、この期間には「平成の家族シリーズ」の第一弾である『家日和』が刊行されていたようです。愛すべき小市民に大きな試練を課すような容赦ない筆致もなければ、人も死なず、大きな犯罪も起こらない。要するに「小説すばる」に掲載された柴田錬三郎賞の短編集であって、このミスの範疇外なのかもしれません。それでもイメージしやすい人物像に親近感が持て、時に自分を投影できる登場人物の造形は秀逸。何より読後感が抜群によいので、個人的にはお気に入りの一冊です。


















まだフロッピーディスクが当たり前のようにあり、イチローのような無精ひげを整えたセレブが跋扈していた時代、偉才が多少の手加減を加えながら、バッサバッサと斬りまくる!

収録されているのは全6話。ネットオークションにはまり、夫のヴィンテージギターをオークションで売りに出し、入札がドンドン入ってしまう『サニーデイ』、DVDレコーダーの消費者モニターの仕事を若いセールスマンのゴリ押しに負け引き受けたことから、彼との交流で女の何かが目覚めてしまう『グレープフルーツ・モンスター』、転職癖のある夫が突然、カーテン屋を始める『夫とカーテン』の主婦作品は男性は必読でしょう。特に『サニーデイ』はバツイチ独身にとって、大いに心当たりがある現象の裏側を見た気分です。

そして、何かと世知辛い世の中、前向きな気持ちにさせてくれるのが、一家の大黒柱である祐輔が勤務先の倒産という憂き目に遭う『ここが青山』。優しく強い妻がコミカルでカッコ良く、家事を任され、主夫としての腕前を磨いていく祐輔の様子が微笑ましい。また、奥田エッセイのファンにたまらないのが『家においでよ』です。ロックのマニアで有名な奥田氏の趣味が満載で、別居を選んだ主人公が自宅に男の城を築き上げていく様子は羨ましく、私は大いに共感できます。氏がロックに目覚めた中学・高校時代のエッセイ『田舎でロックンロール』とリンクする内容になっており、バンド名など固有名詞が満載です。個人的に奥田氏は評論家レベルであり、時代時代の重要な出来事の目撃者であると考えています。






身内の恥もバッサリ行くのが作家ということなのか?尖った笑いが込み上げる作品は一番最後に用意されていた!

そして、共感が止まらないのが、ロハスにはまってしまった妻を持つ作家が、その様子を揶揄する傑作エッセイを書き上げてしまった『妻と玄米飯』です。自然食だか、一日30品目だか、健康ジャンキーの言うことはまっぴらごめんですが、この手の輩はおもちゃにするには格好の素材です。でも、いつも作品を真っ先に読むのが妻で、その友人の滑稽さまでもコケにしまくっていたとしたら…奥田英朗という作家の舞台裏を見たような気分さえ込み上げてきます。爆笑度合いではこの作品がぶっちぎりではないでしょうか。あと、この短編もそうですが、奥田さんは無邪気な子供が放つグサリとくる言動を書かせたらピカイチであることを補足しておきます。

ところで「平成の家族シリーズ」は『我が家の問題』『我が家のヒミツ』と続くところまでは追い切れているのですが、令和のいまはどうなっているのでしょう。『家日和』が書かれたのは、フロッピーディスクが出てきて、セレブな家庭のパパはポロシャツの襟を立てている時代。電子機器やファッションの変遷を追いかけるだけでも楽しいので、いずれ続編の2作についてもご紹介させてください。とりあえず、本稿はこんなところで。次回、またお会いしましょう。ばいちゃ。

このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟

奥田英朗『最悪』に颯爽と登場!『罪の轍』も『東京オリンピックの身代金』も『沈黙の町で』もここから始まったのだ!東野圭吾『白夜行』、高見広春『バトル・ロワイヤル』ほか、大名作が揃った2000年版『このミステリーがすごい!』
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二文字作品の第3弾!奥田文学の金字塔『無理』について☟

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平成の家族シリーズ『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟

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2012年版 このミステリーがすごい!ベスト20 対象は2010年10月ー2011年11月。心にまったくゆとりがなかった...
お涙頂戴上等、これが佐藤仁美主演のNHKドラマ作品だ!ロックンロール作家・奥田英朗の平成の家族シリーズ第3弾『我が家のヒミツ』は浅田次郎ばりの大感動路線!広末涼子がいっぱい入っていてエロかった『ナオミとカナコ』もこの年だぞ!そして、2016年版『このミステリーがすごい!』では、役所広司の無残な水死体で有名な柚木裕子の暴力ハードボイルド『孤狼の血』が誕生する!!
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