- 令和ディストピアが現実のものに…東京オリンピックの年、生活圏から地上に建っている書店が消えた……2022年版 このミステリーがすごい!ベスト20
- 現実に即した作品を書く作家の下調べは綿密すぎるため、芯を食っている可能性が高い!『機龍警察 白骨街道』は結果的に現実の一部を言い当ててしまったプロ中のプロの仕事
- 機龍警察の核をなす龍機兵が狙われた!舞台はミャンマーの奥地、絶体絶命の状況下に置かれた特捜部突入班のサバイバル冒険行のリアリティに息をのむ!
- こんな悲惨な直木賞作品があったか?キーワードはアステカ文明!単なる残虐な犯罪小説の域に留まらない奥行を持つ佐藤究の『テスカトリポカ』
- 確かにコロナ禍は終わったかもしれませんが、仕事や人間関係にちょっと疲れていないですか?山田太一に傾倒する奥田英朗の眼差しは弱った人にいつも優しい!
- とはいえ、物事を切る角度や設定はいつもの斬新さ!偉才の鋭さに舌を巻く!
- ただの癒し系コロナ本の枠に留まらない決定的な理由!それは本書がリリカルな音楽本でもあるからだ!
令和ディストピアが現実のものに…東京オリンピックの年、生活圏から地上に建っている書店が消えた……2022年版 このミステリーがすごい!ベスト20
順位 | タイトル | 著者 |
---|---|---|
1位 | 黒牢城 | 米澤穂信 |
2位 | テスカトリポカ | 佐藤究 |
3位 | 機龍警察 白骨街道 | 月村了衛 |
4位 | 兇人邸の殺人 | 今村昌弘 |
5位 | 蒼海館の殺人 | 阿津川辰海 |
6位 | 城塚翡翠倒叙集 | 相沢沙呼 |
7位 | 忌名の如き贄るもの | 三津田信三 |
8位 | 六人の嘘つきな大学生 | 浅倉秋成 |
9位 | 硝子の塔の殺人 | 知念実希人 |
10位 | 雷神 | 道尾秀介 |
11位 | 闇に用いる力学〈赤気篇〉〈黄禍篇〉〈青嵐篇〉 | 著者不明 |
12位 | あと十五秒で死ぬ | 榊林銘 |
13位 | 孤島の来訪者 | 方丈貴恵 |
14位 | 白鳥とコウモリ | 東野圭吾 |
14位 | パラダイス・ガーデンの喪失 | 若竹七海 |
16位 | 神よ憐れみたまえ | 小池真理子 |
17位 | アンデッドガール・マーダーファルス | 青崎有吾 |
18位 | 幻月と探偵 | 伊吹亜門 |
18位 | インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー | 皆川博子 |
20位 | メルカトル悪人狩 | 麻耶雄嵩 |
20位 | アクティベイタ― | 冲方丁 |
対象は2020年10月ー2021年9月。コロナ禍の真っただ中に東京オリンピックが行われた年です。このミスの総評で西上心太さんは感染者数・死者数が増え続ける中での強行について以下のように記しています。
政府の場当たり的な対応は無策の極みとしか言いようがない。
(中略)
いまやわれわれはディストピア小説を地で行くような世界を生きているのだろうか。
自分を振り返ると、当時はまだ会社員。出社日とワクチン接種日以外は引きこもっていました。しかし、新刊を読んだかと言われれば、まったく逆だったようです。YouTubeとAmazonプライムで時間を潰すことを覚えていました。気付きましたら、老舗も含め、地上に建っている書店が生活圏ですべて消滅。代わってできた唐揚げ屋とタピオカ屋はもうありません。これって、相当ダメなことですよね。現在、私の本の購入方法はAmazon8割、ブックオフ1割、その他1割になっています。ただの文化の喪失でしょう。
今回も印象に残っているこのミス上位の中から印象に残っている傑作をピックアップした後、奥田英朗さんが当該期間に発表した作品を紹介したいと思います。
現実に即した作品を書く作家の下調べは綿密すぎるため、芯を食っている可能性が高い!『機龍警察 白骨街道』は結果的に現実の一部を言い当ててしまったプロ中のプロの仕事
この年はとにもかくにも、月村了衛さんの3位『機龍警察 白骨街道』です。表紙と帯をご覧ください。あまりに現実的な内容に驚かされました。例えば、この話がハヤカワミステリマガジンで連載開始したのは2020年3月。そして、ミャンマーの軍事クーデターが起こったのは2021年2月です。
この時世の予言書、組織の不条理、腐臭漂う歴史、リアルな各国独自の闇、呪いたくなる血縁…二軸三軸と再読に挑める。残酷とは何か、何を残酷というべきかを、まず深刻に考えさせられた。死神など心優しい。読後、缶コーヒーが欲しくなり、次作を既に渇望している自分に気付く。#機龍警察白骨街道感想 pic.twitter.com/wLjB0OEwva
— 鳴門の虫牙 (@TAKEbbbb) October 29, 2021
現実に即した物語を書く作家の仕事は構想にあたっての下調べが綿密でありすぎるが故に、芯を食っている可能性が極めて高いということでしょう。これは、2012年版でピックアップした高野和明さんの『ジェノサイド』しかり、黒川博行さんの犯罪小説などにも言えることです。あらゆる状況から想定して、起こり得る必然を書くため、結果的に現実の未来を言い当てることになってしまう。この一冊はザ・プロである月村了衛さんならではの仕事です。
機龍警察の核をなす龍機兵が狙われた!舞台はミャンマーの奥地、絶体絶命の状況下に置かれた特捜部突入班のサバイバル冒険行のリアリティに息をのむ!
上に貼付した感想文の御礼ということで、月村先生からプレゼントを頂戴したので、ここでは機龍警察の概要と白骨街道の導入部分をざっと。話はミャンマーの奥地で国際指名犯が逮捕されるところから始まります。身柄引き受けに選ばれたのは、警視庁特捜部突入班、つまり、このシリーズの主人公ともいうべき、龍機兵を操る姿俊之、ユーリ・オズノフ、ライザ・ガードナーです。ミャンマー政府が3人を指名した理由は、警視庁特捜部と龍機兵に深く関わりがあるので『機龍警察 完全編』から引用させてください。
警視庁特捜部:警視庁が新しく組織した部署。最新鋭高性能二足歩行型搭乗兵器「龍機兵」が配備されている。特捜部の存在は対外的には非公表という訳ではなく、警察組織内で存在を認識されているが、特捜部隊という側面を持つため、組織構成、人員、装備などは一切公表されていない。
龍機兵(ドラグーン):警視庁特捜部SIPDの中核をなす「特殊兵装」。SIPDとは「Special Invetigation,Police Doragon」の略称。Police Doragon(ポリス・ドラグーン)は警察法、刑事訴訟法、及び警察官職務執行法の改正とともに警視庁に導入された特殊部局で、その突入要員に与えられたのが龍機兵である。そして「まさに人」のフォルムを持つ龍機兵を操るのが、姿俊之、ユーリ・オズノフ、ライザ・ガードナーの3人。それぞれの脊髄には「龍髭」という専用キーが埋め込まれており、各人が操る龍機兵と一対一で対応する。
姿俊之:警視庁特捜部付警部、突入班龍機兵搭乗要員。元傭兵
ユーリ・オズノフ:同。元モスクワ警察刑事
ライザ・ガードナー:同。元IRF(アイリッシュ・リパブリカン・フォース)テロリスト
※以上、参考『機龍警察 完全版』
先述の指名手配犯は国内最大の重工業メーカー勤務で、罪状は軍事機密の持ち出し。このメーカーは日本初の機甲兵装(人体を模して設計された軍用有人兵器体系の総称)の開発を進めていて、手配犯はそのサンプルを国外に売り渡そうとしていた訳です。そのような男がゲリラや人身売買組織がうごめく無政府状態のミャンマー奥地で逮捕される……裏で手を引く敵がいるのは明白で、狙いは3人の脊髄に埋め込まれた「龍髭」であると容易に推測がつきます。つまり、見えない敵は3人を殺害し、龍髭を強奪することで、龍機兵の秘密を盗むと同時に、警視庁特捜部の解体を目論んでいると想像できるわけです。
以上は20ページ程度の序曲。ミャンマーに渡った特捜の3人が行う護送はインパール作戦に匹敵する苛烈な悪条件でのサバイバル冒険行。絶体絶命の危機に置かれた時、3人の対処能力と精神力の強さたるや凄まじく、日本で同時進行するスパイ物語が与える奥行も圧巻です。中国の「一帯一路構想」など、現実のキーワードがリアリティを与えている点も見逃せません。世界も、日本もまともではない。これを嫌というほど知る一冊。なお、機龍警察シリーズはここから入っても大丈夫です。
こんな悲惨な直木賞作品があったか?キーワードはアステカ文明!単なる残虐な犯罪小説の域に留まらない奥行を持つ佐藤究の『テスカトリポカ』
そして、このミスでは『機龍警察 白骨街道』より上位にランクインしたのが、佐藤究さんの2位『テスカトリポカ』。直木賞と山本周五郎賞のダブル受賞に輝いた血生臭い犯罪小説です。
麻薬カルテルの虐殺が日常的に行われるメキシコの町で生まれたルシア。脱出した彼女は川崎に流れ着き、ヤクザと結婚し、コシモを生みます。ルシアは憎んでいたはずの麻薬に溺れ、コシモに一切の日本語を教えません。シャブに蝕まれ、悪夢にうなされる母親のスペイン語を聞き、塩水で茹でた骨付き肉を食べながら、すくすくと育ったコシモは11歳で身長170㎝を超えようとしていました。
一方、新興組織に自分たちの麻薬組織を壊滅させられ、兄弟を殺されたバルミロ。追われるようにメキシコを脱出し、ジャカルタである日本人医師と出会いを果たします。これを契機にバルミロは日本へ渡り、麻薬帝国復活のために臓器移植ビジネスへと足を踏み入れ、残虐極まりない行いで無敵街道を進んでいきます。そして、バルミロがバスケットボール選手のような巨体の青年=少年院上がりのコシモと出会いを果たすと、物語は一気に動き出すのです。
よくあるクライム小説と一線を画すのは、作品の根底に流れる古代アステカ文明と言葉をほぼ知らない少年の無垢な心。作品名の「テスカトリポカ」とは、生贄として心臓を求めるアステカの神のことです。生きた子供の心臓を売買するバルミロが信奉するのがこの神であり、不遇な生い立ちのコシモは、バルミロと親子の契りを交わし、徐々に傾倒していきます。狼に育てられた少女を想起させるコシモの孤独は、胸にグサグサくるほどのリアリティがある一方、加減を知らない暴力と人間離れした強さに蓋然性を与えている。また、コロナ禍を想定して書かれているシーンがあるのも特徴。奇しくも『白骨街道』と同じく、人骨のイメージがこびりついて止まない直木賞屈指の傑作です。
確かにコロナ禍は終わったかもしれませんが、仕事や人間関係にちょっと疲れていないですか?山田太一に傾倒する奥田英朗の眼差しは弱った人にいつも優しい!
さて、奥田英朗作品へ話を移しましょう。この時期、奥田さんは相当、お忙しかったと想像されます。といいますのも、前年に『罪の轍』(587ページ)が刊行されており、翌年に『リバー』(648ページ)が発表されます。『罪の轍』が小説新潮で2016年10月号~2019年3月号の連載(2017年10月号はお休み)、『リバー』は小説すばるで2019年7月号~2022年3月号の連載(2022年9月号はお休み)。巨匠は長編を脱稿後のご褒美旅行について、エッセイでよく記されていますが『リバー』の後は出掛けられたのでしょうか。いずれにせよ、約5年半もの間、超大作を中心にスケジュールは目いっぱいだったことになります。しかも、ともに大大大…傑作だから、おそろしいです。
そして、この両作の間に刊行されたのが、奥田作品において最もロマンティックというか、癒し系というか、コロナ禍で疲れてしまった人への贈り物というか、とにかく素敵な『コロナと潜水服』です。5作からなる短編集に共通のテーマを書いてしまうと、すべてがネタバレになってしまうので、ここでは奥田流ファンタジーとしておきましょう。いわゆる皮肉屋・奥田英朗は極力抑えられており、嫌なことを読書中だけでも忘れられるような、浅田次郎をうならせた優しい眼差しが全開となっています。
とはいえ、物事を切る角度や設定はいつもの斬新さ!偉才の鋭さに舌を巻く!
しかし、設定はぶっとんでいるので、ここでは触りだけでもご紹介。
「海の家」は広告代理店に勤務する2歳上の妻に浮気された売れっ子作家(49歳)が、家を出て、海のそばにある取り壊し予定の家を2カ月半だけ借りる話。結婚にあたり、男は値踏みされており、この妻は計算高く、とりわけあざといけど、パパっ子の娘はそこを達観しているように描かれているのが救い。
「ファイトクラブ」は大企業のパワハラ肩叩きに遭い、工場へ島流しにされた5人が放課後ボクシング部を作り、あるコーチと巡り会う話。ボクシングというスポーツを実際に行うことで、男は普通に生きていては得ることのできない自信や勇気をもらえるようです。
「占い師」は売り出し中のプロ野球選手と付き合っているフリーアナウンサーが、彼が活躍して一流選手への階段を急速に駆けあがっていく中、民放の女子アナに取られるんじゃないかと、ビクビクする話。若いプロ野球選手は絶倫でセックスは際限ないとされています。
「コロナと潜水服」はリモートワークになったサラリーマンが、会社で誰かが行かなければならないソフトウェアの講習会に行くはめになり、感染の疑いが出るところから始まる話。そして、家庭内感染を避けるため、奥田さんによって、主人公は品切れだった雨合羽の代わりに、ダイビング用の潜水服を着せられ、日常生活を送ります。
「パンダに乗って」は広告代理店の社長が自分へのご褒美にイタリア製の1984年式のコンパクトカーを新潟県の中古車屋で買い、そのまま運転して東京まで帰る話。思わぬナビゲーターが登場して、なぜか彼を懐かしい時代を思い起こさせる場所や人のもとへと連れていってくれます。
ただの癒し系コロナ本の枠に留まらない決定的な理由!それは本書がリリカルな音楽本でもあるからだ!
この優しく温もりに満ちた文章と内容は、コロナ禍という時世を鑑み、仕事で参っていたり、さまざまな困難にぶち当たっていた我々の心中を察してのことと思いますが、「占い師」の会えばセックスしかないプロ野球選手など、爆笑するところは用意されています(※奥田英朗さんは中日ドラゴンズの大ファンで、キャンプ地を巡るほどのプロ野球マニアです)。また、それより何より、この作品は音楽的なのです。作中にはたくさんのアーティストと曲が散りばめられており、巻末には作中に登場する曲の【Spotify プレイリスト】が載っています。ぜひリリカルで音楽的な文体に酔いしれてほしい!ロックからレゲエまで、音楽に造詣の深い奥田英朗の粋な計らいが随所に感じられる大傑作です!
巻末のプレイリスト☟
※奥田英朗さんはRainbowやQUEENの初来日公演をはじめ、ロックシーンにおける数々の歴史的場面を目にしている証言者です。詳細は『田舎でロックンロール』にて☟
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』☟
※最新作『リバー』について書いています☟
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
※大出世作『最悪』と『東京物語』について☟
※東京オリンピック作品 第2弾『罪と轍』について☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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