嫌われ者は別に帰って来なくてもいいのに……胸糞悪いクイズ野郎のアイツが、狂気の沙汰のドサクサに紛れて戻ってきた~2025年版「このミステリーがすごい!」ベスト20
順位 | 書名 | 著者 |
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1位 | 地雷グリコ | 青崎有吾 |
2位 | 冬期限定ボンボンショコラ事件 | 米澤穂信 |
3位 | 檜垣澤家の炎上 | 永嶋恵美 |
4位 | 少女には向かない完全犯罪 | 方丈貴恵 |
5位 | 伯爵と三つの棺 | 潮谷験 |
6位 | 日本扇の謎 | 有栖川有栖 |
7位 | 法廷占拠 爆弾2 | 呉勝浩 |
8位 | バーニング・ダンサー | 阿津川辰海 |
9位 | ぼくは化け物 きみは怪物 | 白井智之 |
10位 | 六色の蝉(さなぎ) | 櫻田智也 |
11位 | 乱歩殺人事件 ―「悪霊」ふたたび | 芦辺拓・江戸川乱歩 |
12位 | 永劫館超連続殺人事件 | 南海遊 |
13位 | 明智恭介の奔走 | 今村昌弘 |
13位 | イッツ・ダ・ボム | 井上先斗 |
13位 | 虚虫のリズム | 奥泉光 |
13位 | 名探偵の有害性 | 桜庭一樹 |
17位 | Q | 呉勝浩 |
18位 | 丁巳読百物語(おおかど) | 京極夏彦 |
19位 | ぼくらは回収しない | 真門浩平 |
20位 | 黄土館の殺人(こうどかん) | 阿津川辰海 |
対象は2023年10月—2024年9月。一般的には青崎有吾さんの『地雷グリコ』で決まりなのでしょうが未読。アニメ化された愛読シリーズの2位『冬期限定ボンボンショコラ事件』などはさすが!安定の面白さだと思います。ただ、個人的には、呉勝浩さんの7位『法廷占拠 爆弾2』で即決。大して数を読んでいないので、偉そうなことはいえませんが、とにかく衝撃でした。読み直すと“2025年”という胸糞悪い時代もあってか、いくつもの場面が現実に起こっているような感覚を覚え、しかも、今も決着しないい複数の事件とシンクロします。不快感と憎しみにも似た感情が込み上げてくるので、このような時世にオススメしづらいのは事実ですが、気持ち悪い読書を許容いただける方には間違いなく推奨できます。
※気持ち悪い読書『バッドチューニング』について☟

この作品は2023年版「このミステリーがすごい!」で戴冠を果たした『爆弾』の続編です。まずはあらすじをざっと。死者98人、重軽傷者500人超という山手線エリアを中心に未曽有の連続爆破テロを起こしたスズキタゴサク。極刑必至の狂人は裁判で事実関係を争う姿勢はないものの、裁判員が凄惨な爆破現場の写真を見て、体調不良を訴えて辞退するなど、審理は遅々としており、順調とは言えません。何より、法廷を不気味な雰囲気で包み込むのが、前作の取り調べ室で刑事にクイズを出していた時と変わらず、軽口が止まらないタゴサクのイカれた神経。そして、5回目の公判の日、狂気が狂気を呼ぶように事件は起こります。骨壺の中に拳銃を隠して持ち込んだ遺族傍聴人である柴咲と、その共犯者によって、東京地方裁判所104号法廷が占拠されてしまうのです。
しかし、父親を奪われた柴咲の目的はスズキタゴサクに直接手を下すことではなく、何故か要求は拘置されているまったく無関係の死刑囚の刑執行。特定人物の指定はなく、無作為に選ばれた者に刑が執行される度、人質をひとり解放するという交換条件が警察に突きつけられます。一切のやりとりは国民監視の下、YouTubeのリアルタイム配信で行われ、柴咲は顔をさらした状態で警察と対峙。とはいえ、動機が死刑囚への怒りにあるとは考えられない。このように、呉勝浩作品らしく、着地点が見えないまま、柴咲と警察のやりとりが緊迫感を持ったまま進んでいくのです。
吐き気を催すほど、現実とシンクロする部分があって気持ち悪い……醜い心を形として見せられているような驚愕の内面描写
さて『法廷占拠 爆弾2』が刊行されたのが2024年7月29日。少し遅れて購入した私が読み終えたのは10月末だったでしょうか。そして、メモ程度に感想を書こうと思ったのは、このミスが発売された後、まとまった時間ができた2025年1月半ばになります。ただ、少しだけ書き始めて1週間ほどで止めました。日時をはっきりと覚えているのは、日を追うごとに、現実に起こった複数の事件とシンクロする部分にいくつも気付いてしまい、書きながら日に日に不気味さが増して行ったからです。
「先生(スズキタゴサク)は行動された。芸術的な破壊によって我々の覚醒を促したのです。SNSで文句を垂れているだけの凡人にはできません。多くの者があなたの決起に喝采を送り、我もと牙を研ぎはじめているのです。あなたの下に集うために」
どの事例とは言いませんが、この引用に則ったかのように、重罪を犯した者の支持者が威圧的行為に及び、被害者への二次加害が現在進行形で繰り返されています。しかし、なぜか彼らは警察に逮捕されることはなく、野放し状態のままです。
「おかしいよ」
おかしい、か。驚くほど、その台詞は腑に落ちた。殺人鬼に金を出す馬鹿も、それを合法と認める社会も、生活に窒息しかけているおれたちも、何もかも、ぜんぶおかしい。イカれてる。
しかも、時間が経過しても、問題は解決へ向かうどころか、場合によっては、テレビで加害者を擁護する発言が平気で垂れ流されるなど、事態は解決と逆行しているように感じられる時があります。人生を台無しにされた被害者に追い打ちをかけるような人物は数えきれず、それでもなお、警察が動き出す気配は一向にありません。
「ぼくは、ぼくの罪を受けいれ、捕まり、裁かれる。当たり前のルールとしてね。犯罪は、刑罰と交換にするかぎりルールの範疇にあるんです。良い悪いの話じゃなく、システムとして」
このような状況下において、法廷を占拠した本書の柴咲のように「違法性の承知による義憤的行動」を唱える者が出てきても不思議ではありません。近年に起こった実際の事件をいくつか振り返ってみてください。正義感に駆られた人物が命を賭して凶行に及んだ複数の例を思い浮かべることができるはずです。そして、政府や警察が問題解決に動き出すのは、大事件が起こってしまってからであるのは、改めて説明するまでもないでしょう。


このミス史上、最悪最凶の現代の予言書?登場人物の言葉や心理描写が現実と交錯し、読む者を恐怖の底へと陥れる……
もちろん、本書の筋書きと現実の事件はまったく異なります。しかし、場面場面で登場人物が考えることや発せられる言葉は「現実を下敷きにしているのではないか?」と思うほどのリアリティです。「これはあの事件の凶悪犯が考えそうなことだ」「このような過激な考えをするネット民は多い」、そして「過剰な潔癖主義は誰の心にも潜在的にあって、暴走すると危険かもしれない」などなど……読み進めていると、登場人物の内面描写と現実に存在する人物の言葉、さらには、自分が抱く感情ともリンクするような錯覚を覚えるのです。
この一冊はネット社会ならではの読書体験を与えてくれます。実際、SNSでよく見かける狂信的な言葉がガジェットのように散りばめられており、また、2025年に目にする事件やその中心にいる人物が発する言葉を予言しているようにも感じられます。だから、物凄く怖い。そして、ここに呉勝浩さんという偉才の“これまでの作家にはなかった凄み”を感じずにはいられないのです。
(前略)ノッペリアンズと自称する者たちの存在は知っている。社会に弾かれた、顔のないのっぺらぼうたち。多くの人を無差別に殺した爆弾魔の信奉者。それが共犯の男や運転手の正体か。(後略)
SNSに巣くう過激な集団が社会問題化している昨今。影響力を持つ人物のもとに匿名で集い、そのすべてを盲目的に受け入れ、具体的に行動へ移す彼らの職業や生活は見えてきません。本書にも闇を演出する“ノッペリアンズ”という謎の信奉者たちが登場します。彼らは凶悪犯罪を美化するばかりか、豊富な資金力で拘置されているタゴサクへ援助物資を差し入れたり、弁護士を雇ったりしているという設定です。
前作『爆弾』の映画化が決定しました。佐藤ニ郎さんの風貌が小説の怪人スズキタゴサクのモンタージュ写真のようで、本来なら「このキャスティングはお見事」などと言いたいところです。しかし、もう一度、本稿を記すにあたり『法廷占拠 爆弾2』を読み直しますと、狂気じみた表情はあまり笑えません。まして、いくつかの犯罪についての詳細が、ジャーナリストの地道な取材や法律の専門家の調査によって明らかになった今、これは“令和地獄の黙示録”?とさえ思えてきたりもます。常識では測れない事態が相次ぐ2025年ですが、前作『爆弾』を読んでしまった方、そして、心に余裕がある方はどうぞと言ったところでしょうか。もちろん、パート2の本書から先に読んでも十分楽しめることは補足しておきます。
最後に、このミスでもそれとなく書かれていましたし、決定的なネタばらしです。恐らく『爆弾3』はあるでしょう。不細工な怪人十二面相よろしく、令和が生んだ化け物は闇へと消えていきました。そして、あまり帰ってきてほしくないと思いつつ、次作もきっと手に取ってしまうのだろうと思ったりする今日この頃です。
2025年4月19日改稿


とにかくラストの解放感!コロナ禍の閉塞感をぶち破る躍動感に満ちた「Q」はオススメです!
『法廷占拠 爆弾2』が読み終わって、お時間ができた方は、異形の家族小説『Q』をぜひ。ロク、ハチ、キュウの腹違いの姉弟の物語です。町谷亜八(ハチ)は清掃会社で働く執行猶予中の身の次女。過去に傷害事件を起こしたため、社会と極力関りを持たず、身を潜めて暮らしています。そんなある日、姉の睦深(ロク)から連絡が入り、弟の侑九(キュウ)が何者かに脅迫されていることを告げられます。ダンスの天才であるキュウはSNS時代の寵児であり、芸能界でもブレイク寸前。弟を守るため、二人はある人間を殺めた過去があり、それが明るみになると、今後の芸能活動どころか、将来そのものが終わってしまうこと必至。そして、これを嗅ぎつけた芸能記者を操る黒幕が徐々に明らかになっていきます。果たして運命はいかに……合計663ページのあらすじをざっと説明すると、こんなところでしょうか。
奥田英朗氏が描いた大人気の平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟



話の肝となるひとつの要素はやはりSNS!そして、見えない檻から解き放たれた時、コロナ禍に夢に見た自由がラストが待っている!
この一冊もSNSがひとつのキーワードです。時代はコロナ禍の真っただ中。緊急事態宣言によって、飲食店は休業要請ショックに見舞われ、勤め人のテレワークが進む一方、個人が発信する情報がスマホやパソコン中心の生活の中でSNSが存在感を大きくしていったあの日々が巧みに描かれています。
(前略)(SNSでは)イケメンが歌って踊って金になる。ふざけた話だ。野球、サッカー、お笑い芸人。最近では将棋なんかも人気らしい。不要不急じゃねえか。おれたちが食えなくて、なんでおまえらが食えるんだよ。馬鹿にしやがって。馬鹿にしやがって……。そう思いながら三分間の動画を観終わる。もう一度再生した。(後略)
私が無造作に開いたページから抜粋してみました。勤務先の飲食店を解雇され、生活に困窮する青年がSNSのタイムラインに見た、この「いけ好かない美形男子」がキュウです。社会の不条理に対して疑問を抱く青年は、動画に対して「なんでおまえらは、暴動をしないんだ?」と思わずコメントしてしまいます。すると、キュウのファンだという人物からリプライがあります。
『なるほど。興味深いですねー』。文面はこう続いた。『彼なら、そのつづきは決まっているような気がします。「やりたきゃやりな、おれは認める」』
『法廷占拠 爆弾2』と同様、この一冊もSNSのからくりが展開を大きく左右する局面があるところがポイントです。最近、私は「twitterのつながりってうざくて、邪魔くさいなあ」などと思って、なるべく見ないようにしているのですが、この「うざくて、邪魔くさい」閉塞感を知っているから、呉勝浩さんという偉才が描く「脱出劇のメタファー」のような展開に魅了されるのだと思います。とにかく、この分厚い一冊は解き放たれたラストの清々しさ!そして、不自由だったあの日が思い出され、反吐の出る胸糞悪い出来事が多くても、自由な現在がありがたく思えたりするのです。少なくとも私はそうです。
2025年4月20日改稿
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