- 上位は安定したメンバーであるようでいて、2023年版1位の呉勝浩が見られる新旧交代の一年!2017年版 このミステリーがすごい!ベスト20
- 綾瀬はるかのように可愛くはない!投票者ベタ褒めの長浦京が作り上げた最も排除すべき危険なガンウーマン!
- 絶対に原作で読んでほしい!容赦なく太ももを弾いて口を割らせる合理性!女ハードボイルドの圧倒的な強さとソリッドな台詞が胸に刺さるぜ!
- 奥田英朗ファン必読の対談が実現!「市井の人々に物を言わせる」ことだけを念頭に、一切を決めずに書き始める偉才が敬愛する人物こそが山田太一であり、イッセー尾形だ!「ふぞろいの林檎たち」のファンも見逃せないぞ!
- 短編小説では、あまりに切なくて悲しい「夏のアルバム」が白眉!似たような体験が少なからずある昭和世代は胸がキューっとなるほど切ないです!
- 過疎問題だけでなく、現代社会の問題をさりげなく提示する『向田理髪店』。裁かない偉才の紡ぎ出す6編に個人個人が置かれた問題の解決策が隠されているかもしれません
- スナックのママを巡る男のみにくい争いから、大切な人が脳梗塞で倒れた場合まで。大切な人生訓までくれる奥田英朗版「北の国から」
上位は安定したメンバーであるようでいて、2023年版1位の呉勝浩が見られる新旧交代の一年!2017年版 このミステリーがすごい!ベスト20
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1位 涙香迷宮 竹本健治
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2位 静かな炎天 若竹七海
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3位 真実の10メートル手前 米澤穂信
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4位 半席 青山文平
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5位 許されようとは思いません 芦沢央
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6位 リボルバー・リリー 長浦京
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7位 罪の声 塩田武
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8位 おやすみ人面瘡 白井智之
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9位 希望荘 宮部みゆき
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10位 ジェリーフィッシュは凍らない 市川憂人
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11位 聖女の毒杯 井上真偽
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12位 挑戦者たち 法月綸太郎
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13位 雫井脩介 望み
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14位 パイルドライバー 長崎尚志
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15位 誰も僕を裁けない 早坂吝
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16位 虹を待つ彼女 逸木裕
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16位 十二人の死にたい子どもたち 冲方丁
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16位 彼女がエスパーだったころ 宮内悠介
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19位 ガラパゴス 相場英雄
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20位 図書館の殺人 青崎有吾
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20位 猫には推理がよく似合う 深木章子
対象は2015年11月ー2016年10月。このミスの中でも触れられていますが、注目すべきは新しい作家さんの多いことです。これでは読めていないのも仕方がない笑。確かに常連の米澤穂信さんや若竹七海さん、宮部みゆきさんの名前も見られ、1位は大ベテランの竹本健治さんです。それでも、2023年版で1位に輝く呉勝浩さんの『蜃気楼の犬』を21位以下に見付けることができるように、いわゆる世代交代を感じた一年だったように思います。芦沢央さん、白井智之さんほか、これから先に常連となっていく新進気鋭の作家さんの名前の多さに、完全に取り残されていることを実感した一年でした。
とはいえ、ボキャブラリーなどに、時代や作家さんとの年齢差を感じることが多いのも事実です。未読だった作家さんを何人か手に取ってみて、これを痛感させられました。まあ、こうやって人は自分の老いを感じるものなんでしょう。しかし、読書がつまらなくなっては本末転倒。このミスという読書の兄貴を通じて、背伸びをせず、興味を持てる作品と巡り会いたいものです。
ちなみに、奥田英朗さんのランクインはなし。でも、あまりに有名な傑作短編集が刊行されたので、ピックアップしておきました。
綾瀬はるかのように可愛くはない!投票者ベタ褒めの長浦京が作り上げた最も排除すべき危険なガンウーマン!
さて、完全に取り残されている私にとって、長浦京さんとの出会いはまさに僥倖。何も知らずに、ハヤカワのツイートに惹かれて買ったのが、6位『リボルバー・リリー』でした。優秀な編集者さんはTwitterもたいへんお上手。女ハードボイルドに興奮する我々世代の心を揺さぶるキャッチを考えるのが巧みで、帯の「VS帝国陸軍1000人」ではないですが、何も知らない作家さんなのに、発売を心待ちにしている自分に気付かされました。
あらすじをざっと。時は関東大震災後の大正12年。細見慎太の一家は秩父へ住まいを移します。しかし、投資家である父は良からぬカネに手を出し、拷問された挙げ句、何者かによって一家は皆殺しの運命となります。そして、唯一生き残った慎太の逃避行がここから始まります。父から渡されたメモを持って、秩父から熊谷を目指す時、突然、現れたのが、リボルバー・リリーこと「小曾根百合」です。
絶対に原作で読んでほしい!容赦なく太ももを弾いて口を割らせる合理性!女ハードボイルドの圧倒的な強さとソリッドな台詞が胸に刺さるぜ!
この作品の素晴らしさはいくつかあると思いますが、埼玉県の県北に育った私が強調したいのは、リアルな地理感覚や風景描写です。大正という時代はさておき、長浦さんが埼玉県の地理、とりわけ秩父→熊谷あたりの道のりに詳しいことがわかります。これは高校時代までを過ごした私が言うのだから間違いない。いまも不便極まりないこの舞台は、熊谷あたりまで来てしまえば、ロードノベルの舞台としては、極めて地味になる。しかし、熊谷の描写ひとつ取っても、住んだことのある者にしかわからない微妙な方向感覚や、昭和生まれがその名残を覚えている建物の様子まで表現されている訳です。この既視感はちょっとした驚きであり、大正時代が舞台でありながら圧倒的なリアリティを生み出す原動力となっています。ちなみに、ウィキペディアによりますと、長浦さんは埼玉県生まれとありました。
もちろん「かつて最も排除すべき日本人」と呼ばれた諜報員、百合のカッコ良さたるや。帯の「VS帝国陸軍1000人」には無理がまったくなく、実戦に裏打ちされた合理的な仕事も見事です。例えば、相手に口を割らせる時などは、動きを封じる目的も兼ね、太ももに向けてリボルバーを容赦なく弾く。切羽詰まった状況で発せられる台詞もソリッド。あらゆる状況への対処方法を熟知しており、絶体絶命の窮地はどうやって打開されるのか、読み進めていると、その期待値のほうが大きくなります。
わずか6日間、足かせであったはずの細見慎太が、百合の手ほどきで逞しさを増し、ある種、成長物語が一軸になっている構成力も見事。さらに歴史に裏打ちされた百合の過去や取り巻く人間関係が奥行を与えているので、一直線に見える旅の風景に飽きがこず、常に立ち止まらせる。本稿を書くにあたって、部分部分を読み直してみましたが、長浦作品は銃撃や格闘シーンの背後にある奥行がとにかく素晴らしい。この年のトップ20をすべて打ち消すインパクト!なお、映画は原作の良さをあまり伝えていないと思いました笑。ドンパチ好きの方にはぜひオススメしたい大傑作です。
以下のリンクでも長浦京さんについて触れています。
奥田英朗ファン必読の対談が実現!「市井の人々に物を言わせる」ことだけを念頭に、一切を決めずに書き始める偉才が敬愛する人物こそが山田太一であり、イッセー尾形だ!「ふぞろいの林檎たち」のファンも見逃せないぞ!
さて、奥田英朗作品に話を移しましょう。この年には文芸オムニバスともいえる『variety(ヴァラエティ)』が刊行されます。あとがきで奥田さんが「本書はまとまらなかった短編集です。眠っていて、お蔵入りしたかもしれない作品たちです」と記していますように、出版社もバラバラなら作風もバラバラ。おまけに対談がふたつ収録されています。それでも、文句なしに面白い一冊丸ごと「奥田読本」となっています。これを企画した講談社の担当者はちょっとしたヒットでしょう。
山田太一さんは奥田さんが最も尊敬すると言い続ける作家さんで、数々の作品に「山田太一があれば十分」とまで記している昭和の巨人。『ふぞろいの林檎たち』や『岸辺のアルバム』で有名なあの人です。対談のタイトルが「総ての人が〈人生の主役〉になれる訳ではない」とされているように、山田太一作品のあの役者さんのあの役について語られていると同時に、なぜ、奥田英朗という作家が市井の人々にこだわって書くのか、その理由が随所に垣間見られます。エッセイの奥田さんを読み慣れていると、山田さんに恐縮しっぱなしの様子が微笑ましくも妙におかしい。『ふぞろいの林檎たち』のファンはマスト。「ネクラ・ネアカ」などという言葉があって、ネアカでなければいけないような風潮があった80年代から90年代初期、「人間が明るさばかりを見ようとして、そのノリに置いて行かれて、ついていけない人」のごく自然な心を描き続けた山田太一という偉才の凄さと、奥田英朗がそこから何を感じ取っていたのかを垣間見ることができるでしょう。
イッセー尾形さんも、奥田さんが「影響を受けた」ときっぱり言い切る人物。イッセーは独り芝居のイメージが強くなってしまいましたが、我々五十代にとっては小学生時代に見た「お笑いスター誕生!!」の時代の衝撃が忘れられず、当時、奥田さんは21、22歳だったと記されています。ふたりは目線の高さというか、人を見る角度が同じ。「普段なら意見を求められることのない市井の人に物を言わせると面白い」とか「この作品は受け入れられるだろうか?と物凄く悩んで、打たれ弱い」などの共通点も興味深いところです。
この対談は今読んでこそ、興味深い点が多々あります。イッセーさんは海外公演を数多くこなしているばかりか、ロシア映画に主演されたことがあります。一方、我らが奥田英朗作品はフランスをはじめ、ヨーロッパ諸国で出版されているようです。対談タイトルは「『笑いの達人』楽屋ばなし」。おふたりとも即興で創作し、人物観察と呼ばれるものをしないという点が浮き彫りにされています。ただし、アドリブで奏でるからには、それなりの何かが根底に流れている。ふたりの根っこにある奥深さを知るには、最適な一冊ではないでしょうか。
短編小説では、あまりに切なくて悲しい「夏のアルバム」が白眉!似たような体験が少なからずある昭和世代は胸がキューっとなるほど切ないです!
この作品集には対談のほかに7作の短編が収められています。続編があってもいいのになあと思うのが大手広告代理店を辞めて独立した主人公の苦労話「おれは社長だ!」と「毎度おおきに」。腹を抱えて笑いたいなら、お下劣でどこかノワール色のあった『ララピポ』を彷彿させる味わいの「ドライブ・イン・サマー」。特に後者は物語の落し所どころか、登場人物のキャラも決めずに書いていることがわかる奥田さんらしいスラップスティックな傑作です!
ただし、私が推したいのは『夏のアルバム』。主人公の雅夫クンは小学2年生。いまの関心は自転車に補助輪なしで乗れるようになること。駄菓子屋のケーキが1個5円の時代、母方の叔母さんが入院していました。8人兄妹の母の姉妹の中では、雅夫くんとお姉ちゃんも、この叔母さんのところの4歳上の恵子ちゃんと1歳上の美子ちゃんと仲良しなので、幼いながらに気が気でなりません。凄く短い話で、想像通りに話は進んで、想像通りに話が終わります。この懐かしい悲しさ、昭和のドラマなどで体験したものなのでしょうか、私には実体験としてあります。読み直すと胸がキューっと苦しくなるような感覚を覚えるほど珠玉の一編です。
過疎問題だけでなく、現代社会の問題をさりげなく提示する『向田理髪店』。裁かない偉才の紡ぎ出す6編に個人個人が置かれた問題の解決策が隠されているかもしれません
さて、平成も半ばになりますと、過疎問題まではいかなくとも、地方の著しい人口流出のニュースに触れる機会が増えたように思います。私自身も、母が人口減に歯止めがかからない田舎の祖母を引き取って、老々介護をしている状況などを目の当たりにしており、世間を広く知りたくて、本やテレビのドキュメンタリーをよく見ていた記憶がある訳です。また、根無し草のような私の場合、似たような仕事の知人が足を洗って、田舎へ帰って行くという話が本当に増えました。SNSの出現によって、フリーペーパーのような仕事まで消滅した頃ですから、コロナ禍のリモートワークよりはるか昔の話で、当時から時代は移り変わってことを思い出します。
『向田理髪店』を読んだのはこんな時代でした。舞台はすっかり廃れたしまった北海道の炭鉱町・苫沢町。店主の苫沢康彦(53)は札幌の広告代理店に就職しながら、夢の制作部に配置されたにも関わらず、力を発揮できず、父が椎間板ヘルニアを患ったことで店に立てなくなったことを契機に26歳で故郷へ帰ることを決意。気付けば、そのまま苫沢町で4半世紀以上暮らし、町の財政破綻を契機に人口流出が止まらず、寂れていく町の歴史を見届けてきた生き証人です。
収録されているのは6編。ざっとあらすじを書くとこんなところです。
表題作の「向田理髪店」は「故郷をなんとかしたい」と言いながら、息子が主人公の康彦と同様、札幌の商事会社をあっさり辞めて帰ってくる話。
「祭りのあと」は東京に暮らす幼馴染の父が脳梗塞で倒れ、意識不明のままになってから、残された家族にはどういう苦労が待っているかを切実に伝える傑作。
「中国からの花嫁」は町の女性にふられたことで有名な男が、お見合い業者の仲介で中国人と結婚するのだけれど、見栄や恥ずかしさから妻をなかなか紹介できない情けない話。
「小さなスナック」は突然、ひと回り以上年下の女の子が帰郷し、42歳でスナックを開業、美しい彼女を巡ってオッサンたちがときめいてしまい、ついには殴り合いの喧嘩まで起こる話。
「赤い雪」は有名女優主演の映画のロケ舞台に苫沢町が選ばれ、婆さんがエキストラに応募したり、スタッフの宿泊先やロケ弁などを巡って町がもめたりしつつも、町が湧き返る話。
「逃亡者」は幼馴染の息子が詐欺グループの主犯格として全国指名手配され、マスコミに家を囲まれ、警察の監視下に入ってしまい、外に出られない友人を仲間みんなで助ける話。
スナックのママを巡る男のみにくい争いから、大切な人が脳梗塞で倒れた場合まで。大切な人生訓までくれる奥田英朗版「北の国から」
まさか高橋克実主演で映画化されるとは思いませんでしたが、秀作ばかりでどこから読み始めてもOKです。個人的に繰り返し読んだのは「向田理髪店」と「小さなスナック」でしょうか。あと、できれば「祭りのあと」は祖母が亡くなる前に目を通しておきたかったです。人が脳梗塞で意識不明のまま生き長らえてしまった場合、残された家族はどうすればよいのか。単なる一例ではありますが、読んでいたら…と私は思いました。ただ右往左往するしかなく、まだ人の死について無知であり「ひょっとして…」を信じて、毎週末、入院先の病院まで帰っていました。こういうのって、とにかく交通費がかかって、肉体的にもつらいのですよ。あと、本書はこの話に限らず、少なくとも兄妹だけは仲良くしておけということを遠回しに教えてくれるように思います。
まあ、こういう堅苦しい話は抜きにして、奥田英朗版「北の国から」は文句なしに面白いです。奥田さんは「ちょっと違う、おかしくはないか?と思った違和感を言葉にする」というのが仕事だとおっしゃっていたと思うのですが、過疎の町に起きた6つの事件から感じ取れるのは「世の中、ちょっとダメなんじゃないの?」という町の人々に限らず、人なら誰もが感じる居心地の悪さです。帯文の「身に沁みて、心がほぐれる物語。」に偽りなし!意識したのは、やはり山田太一作品?傑作短編集をぜひどうぞ。
以上、今回はこんなところです。また次回まで、ごきげんよう。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
※大出世作『最悪』と『東京物語』について☟
東京オリンピック作品 第2弾『罪の轍』について☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』☟
※最新作『リバー』について書いています☟
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