- もう肩書や勲章はいらないのでしょうが、米澤穂信さんが初の2年連続戴冠という快挙を達成したのはこの年でした!2016年版『このミステリーがすごい!』ベスト20
- 黒川博行に「いやぁ、おもしろい。正統派ハードボイルドに圧倒された」とまで言わせてしまった柚木裕子の『孤狼の血』!
- 「猫丸」だけが倉知淳ではない!ほっこり、なおかつ鋭い『片桐大三郎とXYZの悲劇』はトリックはもちろん、キャラが秀逸であーる
- 「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」の台詞に広末涼子の顔が浮かぶぜ!『ナオミとカナコ』は35位…奥田英朗の上手さが冴えます
- 集英社の編集者のセンスが光る!泣きたい時にはこの一冊があればいい!奥田英朗の優しい部分だけを紡ぎあげた『我が家のヒミツ』
- 「手紙と隣人」は感動話の体裁を取りつつ、偉才の鋭い洞察、学び・教訓がさりげなく散りばめられた大傑作短編
もう肩書や勲章はいらないのでしょうが、米澤穂信さんが初の2年連続戴冠という快挙を達成したのはこの年でした!2016年版『このミステリーがすごい!』ベスト20
対象は2014年11月ー2015年10月。米澤穂信さんが『王とサーカス』で初の2年連続の戴冠という快挙!2005年版の20位『さよなら妖精』から11年、もはや、ミステリーファンだけの存在ではなく、小説好きの鉄板ブランドですね。
順位 | タイトル | 著者 |
---|---|---|
1位 | 王とサーカス | 米澤穂信 |
2位 | 戦場のコックたち | 深緑野分 |
3位 | 孤狼の血 | 柚木裕子 |
4位 | さよならの手口 | 若竹七海 |
5位 | 流 | 東山彰良 |
6位 | ミステリー・アリーナ | 深水黎一郎 |
7位 | 片桐大三郎とXYZの悲劇 | 倉知淳 |
9位 | 血の弔旗 | 藤田宜永 |
10位 | オルゴ―リェンヌ | 北山猛邦 |
11位 | 鳩の撃退法 | 佐藤正午 |
12位 | 影の中の影 | 月村了衛 |
13位 | 死と砂時計 | 鳥飼否宇 |
14位 | その可能性はすでに考えた | 著者不明 |
15位 | 生還者 | 下村敦 |
16位 | 東京結合人間 | 白井智之 |
17位 | フィルムノワール/黒色影片 | 矢作俊彦 |
18位 | 新しい十五匹のネズミのフライ | 島田荘司 |
19位 | キャプテンサンダーボルト | 阿部和重/伊坂幸太郎 |
19位 | 黒野葉月は鳥籠で眠らない | 織守きょうや |
19位 | 犬の掟 | 佐々木譲 |
私もデビュー当初からよく読んでおりまして、どんな作品もはずれがない。あと、米澤さんといえばTwitter。いつもバズっています。ご本人はサラリと呟いたつもりが、結果的に期待値を上回ってしまうあたりがベストセラー作家ということなのでしょう。いわゆるツイッタラーとしてもセンスの塊。何を言ったらどういう反応が起こるか心得ていらっしゃいます。
Hさんは本棚を買いました。大きな大きな本棚でした。Hさんは喜び勇んで、床に置いたままだった本を棚に入れていきました。そうして床の本は新しい本棚にぴったり収まったのですが、隅から隅まできれいに本が並んだ棚を見て、Hさんはひどく落ち込みました。Hさんは何がかなしかったのでしょう。
— 米澤穂信 (@honobu_yonezawa) May 17, 2023
旧家で起きた連続殺人の捜査に加わる夢を見た。
鬼の仕業としか思えないような凄惨な殺人が続き、ついに相続人が最後の一人になって、捜査班なのにボディガードをせざるを得なかった。
相続人を守って屋敷を移動していたら、とうとう犯人が正体を現した
。犯人はふつうに、鬼だった。
こわかった。— 米澤穂信 (@honobu_yonezawa) May 18, 2023
ちなみに、米澤さんの2016年以前のランクインは手元にあるバックナンバーで調べるとこんな感じです。その後も思いつくだけで、2022年版『黒牢城』1位、2024年版『可燃物』1位……化け物です。
2005年版 20位 さよなら妖精
2006年版 8位 犬はどこだ
2007年版 10位 夏季限定トロピカルパフェ事件
2007年版 15位 ボトルネック
2008年版 10位 インシテミル
2010年版 4位 追想五断章
2010年版 10位 秋季限定栗きんとん事件
2010年版 17位 儚い羊たちの祝宴
2012年版 2位 折れた竜骨
2014年版 7位 リカーシブル
2015年版 1位 満願
黒川博行に「いやぁ、おもしろい。正統派ハードボイルドに圧倒された」とまで言わせてしまった柚木裕子の『孤狼の血』!
さて、この年は3位『孤狼の血』に燃えました。私が手に取った動機はこの帯。なんと黒川博行さんです。黒川さんが自分のことを褒めているみたいで、微笑ましい。というか、ここまで『疫病神』のオジキに言わせてしまった柚木裕子さんは凄い!
舞台は昭和63年の広島県呉市がモデルの呉原市。『仁義なき戦い』で描かれた土地で繰り広げられるヤクザの抗争を手のひらの上で転がす一匹狼・大上。コイツの造形は悪徳警官モノを片っ端から読んできた者にも納得です。お決まりのように出てくる警察内部の敵が持つ「脛の傷」も熟知しており、誰も手が出せないという設定はベタといえばベタです。それでも、新米刑事・日岡の成長物語として読めるところにも、不思議な青臭さがあって、爽やかな読書体験となることでしょう。
読むにあたっては、柚木さんが女性であることは忘れてほしいと思います。とにかく男臭く、圧倒的な暴力シーン、大上がヤクザや警察内部と衝突する時の緊迫感、風景から持ち物までザ昭和に彩られたガジェット、すべてがこの手の作品を愛する者の心を打つと思います。なお、シリーズは全3作。第2弾『狂犬の眼』はいまひとつでしたが、第3弾『暴虎の牙』も本作に匹敵する面白さ。映画を観て、役所広司のガスでパンパンに膨らみ、海藻まで生えていた水死体に「よくぞそこまでやった」とは思いましたが、やはり小説とは別物です。まだの方はぜひ生々しいまでの表現力をどうぞ。
「猫丸」だけが倉知淳ではない!ほっこり、なおかつ鋭い『片桐大三郎とXYZの悲劇』はトリックはもちろん、キャラが秀逸であーる
暴力的な美とは一転、倉知淳さんのほっこり優しい感性が光るのが、7位『片桐大三郎とXYZの悲劇』。聴力を失った時代劇の大スターで、現在は芸能プロの社長の片桐大三郎の推理譚です。エラリー・クイーンの悲劇四部作うんぬんなど、まったく知らなくても大丈夫。むしろ、読後から何年も経って残っているのは、話者である「のの子」ちゃんこと、秘書の野々瀬乃枝と大三郎の軽妙なやりとり。本格好きを納得させる切れ味や趣向はあるものの、ほのぼの感、芸能界の大スターとジャーマネの心温まる絆のほうが心に残ります。倉知淳は「猫丸」だけじゃないぞ。氏のキャラクターづくりの巧みさには感服です。
「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」の台詞に広末涼子の顔が浮かぶぜ!『ナオミとカナコ』は35位…奥田英朗の上手さが冴えます
さて、この年の奥田英朗さんは35位(?)に『ナオミとカナコ』が入っていますね。フジテレビでドラマ化されたので、なぜか広末涼子の顔ばかり思い浮かびます。奥田さんが山田太一のドラマを観るようなもので、私も奥田英朗のドラマをやっていると知ればなるべく観ます。
「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」
夫の強烈なDVに苦しめられる親友のカナコを助けたナオミのほうが広末でしたっけ?ナオミがデパートの外商部に勤めていて、華僑に伝手があるとしたところで、奥田流の舞台装置は完成。あとは目的地も決めず、ふたりをひたすら走らせるだけです。『最悪』に始まる群像劇のような重厚さを求めると肩透かしかもしれませんが、極めて普通な主人公二人の軽快な逃亡劇に無理はありません。
二人で何度も顔を見合わせ、微笑みを交わす。直美は自分が生きていることを実感した。
要するに我々は普通に生きていれば、追われることはありません。ところが、突然、走るはめになると、運動不足を痛感しつつも、心臓の鼓動に生きていることを確認するようなものでしょうか。親友とはいえ、他人のためにそこまでやるには動機が弱い?とか、皮肉屋が多い奥田英朗ファンには、いささかおとなしいというか、食い足りない部分はあります。ただ、本稿を書くにあたり、見直しましたが、スッと読めてしまう上手さは「さすがは偉才」だと思いました。幻冬舎だし、ひょっとしてドラマ化ありきだったとか?2014年11月が初版で、ドラマは2016年1月に第1話が放送。勘ぐり過ぎでしょうか笑。
集英社の編集者のセンスが光る!泣きたい時にはこの一冊があればいい!奥田英朗の優しい部分だけを紡ぎあげた『我が家のヒミツ』
さて、この年は平成の家族シリーズ第3弾『我が家のヒミツ』が刊行されました。まさかの感動路線全開です。少し毛色が違うのは、何者なのかまったくわからない隣りに引っ越してきた夫婦を、産休中の妻が追う「妊婦と隣人」だけ。集英社の編集者さんのセンスは素晴らしい。お涙頂戴上等、あの浅田次郎氏が見初めた奥田英朗の優しい部分だけで紡がれた短編集となっています。
不妊の悩みを抱える夫婦の奥さんが勤める歯科医院に、憧れのピアニストが来院する「虫歯とピアニスト」、にっくきライバルとの出世レースに敗れ、53歳で閑職に追いやられることが決まった「正雄の秋」、16歳の少女が存在は知っていたけど、正体までは知らなかった実の父親に初めて会いに行く「アンナの十二月」、そして、奥田さんが投影されていると想像される「妻と…」シリーズの「妻と選挙」では、なんと元気な奥さんが今度は市議会議員選挙に立候補しちゃいます。
「手紙と隣人」は感動話の体裁を取りつつ、偉才の鋭い洞察、学び・教訓がさりげなく散りばめられた大傑作短編
あえて、一話だけピックアップするなら「手紙と隣人」。母親が脳梗塞で急逝してから、憔悴し、痩せていく父親のため、社会人になりたての青年が、久しぶりに実家暮らしを始める話です。身内に不幸があった時、他人の言葉に実は無関心が透けて見えてしまう時ってないでしょうか。要するにそんな気付きが散りばめられた話です。ハッとさせられたのは、過去の自分は他人に対してどうだったか?ということ。また、立場や置かれた状況が似ている場合、想像以上にわかってもらえる他人も存在することです。いっさいの引用は避けますが、感動話の体裁を取りつつ、奥田英朗という人の鋭さと学びを感じ取れる大傑作短編です!
なお「妻と選挙」ではネット時代の小説出版について触れられています。私は未だに本はほぼ紙で読みますが、Web雑誌が初出という小説をよく目にするようになりました。AIが文章を書く時代、この程度のことは当たり前なんでしょう。今どきハードカバーにこだわり続けるのって、重いだけで、地震の時も怖いし、いいことなんてないという人も多いようです。しかし、突然「読み方」そのものを変えろと言われても、リテラシーの低いオッサンにスマホの文字は小さすぎるし、読書専用端末のお値段も高いから、結局、無理なんですよね……
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
大出世作『最悪』と『東京物語』について☟
二文字作品の第3弾!奥田文学の金字塔『無理』について☟
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
東京オリンピック作品 第2弾『罪の轍』について☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』について☟
※最新作『リバー』について書いています☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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