2014年版 このミステリーがすごい!ベスト20
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1位 ノックス・マシン 法月綸太郎
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2位 教場 長岡弘樹
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3位 ブラックライダー 東山彰良
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4位 アリス殺し 小林泰三
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5位 死神の浮力 伊坂幸太郎
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6位 リバーサイド・チルドレン 梓崎優
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7位 リカーシブル 米澤穂信
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8位 検察側の罪人 雫井脩介
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9位 星籠の海 島田荘司
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10位 ロスト・ケア 葉真中顕
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10位 祈りの幕が下りる時 東野圭吾
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12位 美人薄命 深水黎一郎
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13位 貴族探偵対女探偵 麻耶雄嵩
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14位 代官山コールドケース 佐々木譲
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15位 去年の冬、きみと別れ 中村文則
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15位 ヨハネスブルグの天使たち 宮内祐介
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15位 冷血 髙村薫
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18位 コモリと子守り 歌野晶午
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19位 ヒブリア古書堂の事件手帖4 三上延
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20位 奇譚を売る店 芦辺拓
対象期間は2012年11月ー2013年10月。3.11の後に書かれた作品が多数出版されたと記憶しています。また、連載中に震災が起こった作品も存在し、出版業界にとって、いろいろ難しい時期だったのではないでしょうか。多くの人がつらく、苦しい日々にあり、また、人生観が一変した人も少なくないはずです。私はといいますと、好みに変わりはないのですが、読書に対する姿勢が変わったように思います。いい作品との巡り会いを大切にするようになり、昔、読んだ本を読み返すことが多くなったような気がしています。震災後はテレビを付けるのが苦痛だったため、伊坂幸太郎さんの2006年版12位『死神の精度』をよく読み返していました。ご存知の通り、伊坂さんは仙台在住。氏のことが気になっていたのかもしれません。
そして、“あの”死神の千葉が『死神の浮力』でこちらの心中を読んでいたかのように帰ってくるのです。死神の仕事は対象人物がそのまま現世で生きているのが妥当か否かを調べること。死神の世界から人間の世界へ送り込まれ、人間のように振る舞い、人間の仕事のように調べ、「可」か「見送り」か、つまり、死が妥当か否かを、死神の上司に報告するという仕事譚です。確かに、このシリーズはキャラクターと設定の勝利とする声もあるでしょう。人間の言葉を喋れるけれど、微妙なニュアンスまでは理解していないため、会話でちょっとした齟齬が生じて、やりとり一つひとつがコント的な面白さを感じさせる訳です。しかし、外国で言葉での意思疎通が難しかった時、身振り手振りで気持ちが通い合って、相手と笑い合った経験はないでしょうか。私にとって、絶対零度の死神・千葉のいる光景はそんな優しさを感じさせてくれるのです。
なお『死神の浮力』は書き下ろし作品。「『別冊文藝春秋』2012年1月号初出」と巻末に記されています。時世を鑑みると「死神」という言葉に抵抗感のある人も多かったと想像され、文藝春秋の編集者さんは発表のタイミングを熟慮したのではないでしょうか。伊坂さんはもちろん、この作品を届けてくださった担当者様、携わった関係者様に深く感謝申し上げます。
渋すぎる長岡弘樹、ついにブレイク!でも、まさか令和になって『教場』ブームが訪れるとは思いませんでした
このほかでは『傍聞き』で一部で話題を集めていた長岡弘樹さんが『教場』で2位を獲得!見事、大ブレイクを果たします。氏は短編の名手ととらえられていますが、その作品はとにかく地味で控えめ。華やかさの対局にある世界観がとにかく渋いのです。舞台設定から建物の描写まで木造の薫りがして、登場人物の生活などは、昭和の30分ドラマとして通用してしまうほど古風なのです。
そんな氏が生み出したのが、警察学校を舞台とした新しい枠組みの警察小説。広報や人事など、刑事部以外の部署にスポットを当てた横山秀夫さんの発想を想起させつつ、柳広司さんの『ジョーカー・ゲーム』シリーズのようなコンゲーム的な味わいもある。しかし、やはり長岡さんは長岡さん。文章の激渋なテイストは変わりません。まさか令和になって、キムタクでブームになるとは想像もしていませんでしたが、正直、原作を読まれた人はミスキャストだという意見が大多数を占めるのではないでしょうか。もちろん、私もその意見には同意です。
原作の出版から10年後に映画化!介護を題材にした葉真中顕『ロスト・ケア』は大切な学びが得られる大傑作!
このほかでは、葉真中顕さんの10位『ロスト・ケア』。題材は当時としてはまだ正面から描かれることが少なかった介護です。遅かれ早かれ、向かい合わなければならない問題ですし、自分自身の境遇と照らし合わせながら読んだことを覚えています。『凍てつく太陽』『ブラック・ドッグ』ほか、とにかく、葉真中さんの作品は骨太で生々しいまでにリアル。目を背けたくなる場面の数だけ過剰に感情移入してしまっている自分に気付かされます。本稿をリライトしていて、帯の推薦文に藤田宜永さんの名前を見付けました。あくまで感覚的な話ですが、永遠の不良兄貴が推す理由がなんとなくわかる気がします。『ロスト・ケア』は2023年に松山ケンイチさんと長澤まさみさん出演で映画化されていたのですね。原作の出版から約10年後の映画化という事実からも、いかに普遍性のある物語かご理解いただけるでしょう。これからも読み継がれること間違いなしの大傑作です。
後にも先にも、これほど読後感の悪い奥田作品はない?朝日新聞で連載をスタートさせたアドリブ作家・奥田英朗がとった題材は「いじめ」だった
さて、奥田英朗作品へと話を移しましょう。「いっさい裁かない」をモットーに掲げるアドリブ作家が朝日新聞出版から「いじめ」を題材にした「沈黙の町で」を発表します。新聞での連載期間は2011年5月7日から2012年7月12日までとありますように、東日本大震災後に連載開始した作品です。時期も時期、おまけにナイーブでシリアスな題材を扱っているため、笑える要素はあまりありません。それどころか、安らげる作品ではないことを、まずお断りしておきたいと思います。
事件の概略をざっと。現場は桑畑市立第二中学。試験前で部活動は休みのため、生徒は全員帰宅しているはずなのに、2年B組でテニス部に属する名倉裕一の母親から「息子が帰っていない」という連絡が学校に入ります。これを受け、教師・飯島が校内を見回ると、2階建ての部室棟付近にあるコンクリートの側溝に人が倒れているのを発見します。側溝にはどす黒い血溜まり……部室棟隣りには、樹齢百年を超える銀杏の大木があり、部室棟の屋根からその枝に飛び移るのが、生徒たちの間では、日常的な遊びになっていました。異常なほど過保護に育てられた老舗呉服屋の一粒種の死は事故なのか、他殺なのか――物語の始まりはざっとこのように整理されます。
ターゲット読者は似たような出来事や環境に囲まれていた昭和世代!日本独自の村社会を覆う閉塞感に息が詰まって安らぎはゼロ!そして、予定調和のように訪れるバッドエンド…奥田群像劇の中で最悪の読後感が襲い掛かる…
奥田節がバッサバッサと斬るのは、今も連綿と続く日本独自の村社会、個人を異常行動に走らせる集団心理、権力者がのさばる田舎町の悪しき慣習などなど。死んだ少年の家族と親戚の利害関係、事後処理に追われる頼りない学校、中学生相手の聞き込み捜査に四苦八苦する警察…すべては田舎町に住んだ者なら一度は耳にしたことがあるリアルなエピソードばかりです。
注目すべきは中学校での人間模様でしょうか。この話が発表当時の平成の世にどれだけ即していたのかは、五十代の私の理解が及ぶところではありませんが、昭和という時代に当てはめるなら、かなり芯を食っているように思います。「3年の〇〇さんのことを知っている」という台詞で粋がる不良少年、普通の女子生徒のグループが一人の男子生徒を呼び出すシーン、下級生にまでからかわれる被害者のことを気の毒に思い、退部を勧める少年…ほか、携帯電話という小道具がなければ、1980年代ではないのか?という錯覚を覚えるほどです。繰り返しになりますが、この話は新聞連載です。奥田さんは取材は一切せずに書くと公言していることをまで考えますと、明らかにこの大作は、似たような出来事を日常的に見聞きしていた私たち昭和世代をターゲットにしているのではないでしょうか。
真相は最後の数ページですが、途中で犯人はすぐにわかってしまいます。しかし、犯人捜しは物語の本質ではなく、謎解きとはまったく無縁な話。このミスのランキングで21位以下なのも納得です。日本特有の腐った村社会と、そこで生き続けなければならない人々が抱える息苦しさを描いた社会派作品。シニカルに病み切った閉鎖空間あるあるを炙り出す筆致に敬服しました。過去の『邪魔』『最悪』『無理』とは色彩を異にしますが、分厚く、即興性に満ちた奥田群像劇の傑作であると断言します!
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
このミス初登場!二文字作品の第一弾『最悪』について☟
このミス2位!『邪魔』と漫画化もされた『東京物語』について☟
二文字作品の第3弾!奥田文学の金字塔『無理』について☟
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』など☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』について☟
※最新作『リバー』について書いています☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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