現代の予言書とも言うべき不穏な傑作が多数!2010年版『このミステリーがすごい!』ベスト20!!
順位 | 作品名 | 著者 |
---|---|---|
1位 | 新参者 | 東野圭吾 |
2位 | ダブル・ジョーカー | 柳広司 |
3位 | Another | 綾辻行人 |
4位 | 追想五断章 | 米澤穂信 |
5位 | 犬なら普通のこと | 矢作俊彦+司城志朗 |
6位 | 粘膜蜥蜴 | 飴村行 |
7位 | 仮想儀礼 | 篠田節子 |
8位 | 防雪圏 | 佐々木譲 |
9位 | 龍神の雨 | 道尾秀介 |
10位 | 秋季限定栗きんとん事件 | 米澤穂信 |
11位 | 鷺と雪 | 北村薫 |
12位 | 函館水上警察 | 高城高 |
13位 | ジョニー・ザ・ラビット | 東山彰良 |
14位 | 同期 | 今野敏 |
15位 | 鬼の跫音 | 道尾秀介 |
15位 | ダイナー | 平山夢明 |
17位 | 儚い羊たちの祝宴 | 米澤穂信 |
18位 | 密室殺人ゲーム2.0 | 歌野晶午 |
19位 | 無理 | 奥田英朗 |
20位 | 電気人間の虞 | 詠坂雄二 |
対象は2008年11月ー2009年10月。2008年9月15日にアメリカ大手金融機関であるリーマン・ブラザーズの倒産をきっかけに世界的な金融不安が発生し、日本経済も泥沼に陥ります。そこへきて強引な国会運営などが政治不信を招き、2009年8月30日の衆院選挙で自民党は歴史的大敗を喫し、民主党政権が誕生した年でした。奇しくも本稿を加筆しているのが2024年10月末。報道バラエティを見ていても、政治に限らず、犯罪ニュースに目をやるだけで、心安らぐ日はほとんどありません。ほのぼのした10位「秋季限定栗きんとん事件」がアニメ化されましたが、令和の現実は小説真っ青の残虐さで「古い小説がベースになっているのではないか?」という感覚を覚える時さえあります。
確かに、このミス上位の作品が現実とリンクしてしまう事例は枚挙に暇ありません。当該期間で言うなら、例えば、篠田節子さんの7位『仮想儀礼』でしょう。ゲーム作家になる夢に破れた男がシナリオの没原稿を「教義」にでっち上げ、ネットで信者を獲得していく話です。このバカげた話を大企業の偉いさんが平気で信じるという設定になっていて、「教義」という言葉を「デマ」「フェイクニュース」「陰謀論」などに置き換えると、日々、誰かが何かに取り込まれていくSNSのメタファーのように読めなくもありません。さすがに、こんなくだらない話を信じる輩はいないだろうと思いつつ、実際、そのような光景が仮想空間上とはいえ、日常的に起こっていることを知るだけで令和という時代はゾッとします。
一方、平山夢明さんの15位『ダイナー』は2024年になって、奇妙なまでに現実の事件とリンクしているような印象です。「求む運転手。報酬三十万。軽リスクあり」――こんな文句につられたオオバカナコは、ヤクザのカネを奪う計画に加わっていましたが、雇い主の男女二人組とともにあっさり捕まってしまい、山に捨てられる寸前に買い手がついて、実態のわからない組織へと売られていきます。とっかかりが「ブラック案件」であることはもちろん、「下手を打った犯罪者はあっさり売られる」など、タイムリーな設定に不謹慎な笑いを禁じ得ません。
令和の忌まわしい犯罪の闇を覗きたくなったら、2009年前後のクライム・ノベルを読むと、似たような闇の深さをリアルに知ることができるかもしれません。当時はあまりに突飛で生々しいバイオレンスアクションだったとしても、現在の予言書といいますか、まるで実話の下敷きとなっているような作品はほかにもたくさん存在します。心臓によろしくないことをご了承の上、ご興味のある方はぜひお手にとってみてください。
デビュー作『逃亡作法』から異能の作家!ハードボイルドファン、バカミスファン、ウサギファン必読が東山彰良の生んだ『ジョニー・ザ・ラビット』だ!
さて、この年でセンセーショナルな衝撃を巻き起こしたのは、13位『ジョニー・ザ・ラビット』でしょう。作者の東山彰良さんは第1回の『このミステリーがすごい!』大賞銀賞作家!受賞作『逃亡作法』の当時から、エログロを爽やかに言っちゃうストレートさと、バカてんこ盛りの疾走感あふれる展開で、バカミス・ファンの絶大な支持を集めた偉才です。
爆笑ポイントを2つに整理します。これを拾っていくだけで楽しいです。
- ジョニーのセックス
- 人間・ほかの動物との関係及び、感覚のずれ
「1.」については、ジョニーはウサギさんなので挨拶代わりにセックスします。繁殖力が強いウサギの生態の擬人化ですね。
俺はガッツンガッツンふった。「そのとおりさ、このラビッチめ!」
「お願い、やめないで!」…2行後
「さてと」俺は彼女にソファをすすめた。「ご用件をうかがいましょうかね」
「2.」についてですが、この本にはパラっとめくっただけで、人間のほかに犬、猫、リス、溝ネズミなどが登場します。ウサギについて、ジョニーはこのように位置付けます。
「人間が兎に求めるものは忠誠心なんかじゃない。服従でもないし、ましてや戦闘力なんてジョーク以外のなにものでもない。そんなものがほしけりゃ大きな犬でも飼え」
「兎のカレンダーで七年。けっして短い時間じゃない。生まれたての赤ん坊だって、ラビッチをひいひい言わせられる年頃になっている(略)だけど俺たちの七年は、人間のカレンダーでは半年ちょい。昨日同然だ」
ほかの動物との力関係はこの一冊を楽しむポイント。その典型が人間です。無力な愛玩動物という自分たちの概念でしか、ウサギを見ることができないその姿は滑稽でしかありません。一方、人間の世界の常識を知っているけれど、人間にはなれないウサギのジョニーが放つ言葉はどこか哲学じみています。そして、読み進めているうちに、ウイルスや地球温暖化など、自然の脅威に翻弄される私たちは、人間本意できてしまったツケを令和の今、払わせられていることに気付かされるのです。それにしても、東山さんという人が投影されているであろう、ジョニーの毒舌は鋭いところを突いてきます。少なくとも、私たち団塊ジュニアが生きているうちは、絶対に解消されることはない少子高齢化社会へのアイロニーとして読める部分もあり、再読してみて、改めて響く文脈がたくさん見付けられました。
奥田英朗の猛毒が炸裂!もはや、この日本は絶望しかなく、とっくの昔に我々の心は死んでいた?東北の地方都市の実態を描いた『無理』が文句なしの面白さ!
さて、我らが奥田英朗の作品へと話題を移しましょう。『最悪』『邪魔』に続く二文字の群像シリーズ第3弾『無理』が刊行されます。舞台は強引な市町村合併が推進される潮流で生まれた東北の地方都市「ゆめの」。「出かける先は大型スーパーが入ったショッピングモールしかなく、お茶をするのはスターバックスのようなコーヒーチェーン店だけ」「社会福祉事務所が、別れた旦那から養育費はもらえないのかって、せっついてるんだって」「産廃処理施設の建設は地元経済の活性化に欠かせない事業であります」といった記号のような会話が常に飛び交っており、要するに、寒いだけで車がないと買い物にも行けない終わった町です。埼玉県北出身の私には痛いほど事情がわかります。
ただし、冬の風花が舞う日には歩道に町を歩いている人がひとりもいないような土地だとしても、ここにしか行き場のない12万人もの人々が懸命に生きているのです。主な登場人物は次の5人です。
相沢友則:ゆめのにケースワーカーとして出向している県庁職員。公務員の安定した収入が目当てだった女と別れたバツイチで、5時半には同僚と雀荘で卓を囲み、フィリピンパブで女を買うことが習慣化している。ある日「身勝手な主張ばかりする生活保護申請者の自宅を訪問する」と言って、パチンコ屋の駐車場でサボっていると、二十代後半の主婦の逢引を目撃し、ラブホテルまで尾行してしまう。そして、これだけで勃起してしまうほど、逢引を見に行くことが病みつきになり、通っているうちに、女衒に声を掛けられ、彼女たちが援助交際の客を取っていたことを知る。
久保文恵:東京の大学に進学し、この町を出ようとと決めている女子高生。ショッピングモールでお茶をしているだけで、地元のヤンキーとブラジル人の若者の抗争劇や、彼らに折り畳み式ナイフを大っぴらに売るアウトドアショップがあるキチガイじみた光景を見ているだけで、何とかここを脱出したいという希望は大きくなるばかりだ。しかし、ある日、提出物を忘れた彼女は、ひとりだけ塾に居残りになってしまい、その帰り道、あっさり車のトランクに詰め込まれ、拉致されてしまう。そして、母屋とは別の離れに住むサイコな誘拐犯に監禁された地獄の生活が始まるのだった。
加藤裕也:暴走族上がりの23歳。ゾクの先輩たちが作った会社でインチキ火災報知器を独居老人やアル中の主婦に売りつける詐欺セールスに従事。安易に中出ししていたツケで、妊娠を期に籍を入れたが、1年も経たずに離婚した。独りで暮らしが馴染んできたある日、別れた元妻が生活保護費23万円をもらっていることを知り、腹を立てていたところ、元妻の友人とセックスしてしまい、元妻が役所に提出する生活保護費再申請の上申書を書く羽目になる。そして、自分に養育費を支払う能力があることがばれた結果、1歳の息子を引き取り、シングルファーザーとしての生活が始まる。
堀部妙子:スーパーの保安員にして、新興宗教「沙修会」の熱烈な信者。毎月2万円を払って拝んでいる。ある日、万引き主婦を捕捉するが、その女はライバル教団「万心教」の信者だった。見逃す代わりに、自分の宗教団体への勧誘に成功するが、後日、職場で何者かの策略で誤認捕捉をしてしまい、保安員としての職を追われ、ただの新興宗教オバサンになってしまう。おまけに、無収入の状態で兄夫婦によって病院の狭くて汚い相部屋に押し込められていた80歳の母を怒りの勢いで引き取ってしまう。バツイチ48歳、子供はとっくに成人済みだが、生活に潤いはない。加藤裕也の父親とセックスをしてしまう。
山本順一:父の地盤を受け継いだ自民党の市議会議員であり、山本土地開発社長。もっとでかい仕事をしたいと県議会へ打って出ることを画策している。若い愛人を囲っていることを黙認してもらう代わりに、昼から酒を浴びるように飲み、常軌を逸した浪費癖を持つ妻のぶっとんだ行動に目をつぶっている。また、父の代からの付き合いがある元ヤクザの薮田兄弟とズブズブの関係にあり、面倒仕事を頼んでいるが、すぐ暴走する薮田弟のせいですぐにトラブルに巻き込まれる。作品最初のほうの悩みは、引退した党の重鎮・藤原平助が自分の選挙区から三男を出馬させようとしていること。とにかく藤原が憎い。
買春公務員、ヤクザを走らせる政治家、無収入なのに新興宗教にカネを払うオバサン…地方都市ならではの息苦しい閉塞感に風穴が開いた瞬間、5人の運命が動き出す!
「俺たちはおまえのことを思って殴るんだからな。これは友情パンチだ」的なリンチ事件がベンチャー企業やホストクラブで頻発していた時代。新興宗教団体の幹部は吸い上げたカネでエステに通うばかりか美容整形をし、悪徳産廃業者は反対運動を起こす市民団体の幹部の家に豚の頭を投げ入れる。そして、暇な地方公務員はダイヤルQ2が終焉を迎えつつある中、新しい買春手段を探すのが公務……すべては偏見に満ちていながら、2000年代、実際にあった爆笑事件の登場人物ばかり。こんなガジェットがふんだんに盛り込まれているのは、多くの奥田群像劇と同じです。
ただ、この大傑作に爆発力をもたらしているのは、息苦しくなるような閉塞感でしょう。つまり、プロパンガスが詰まった巨大バルーンが破裂した時、とてつもないエネルギーが生み出されるのです。確かに、どこを取っても同じような地方都市のプロトタイプを揶揄するような作品はほかにもあります。しかし、本書で痛感させられるのは、人間は結末がわかった暗い景色の中で生きていると、蝕まれるように病んでいくということ。どんな状況下でも、たまには目線だけでも変えて、少しでも新鮮な空気を吸ったほうがいい。最低でもこれは確実に実感できます。あと、小学校低学年でもわかりそうなことですが、貧困だけは絶対に作ってはいけない。リアル過ぎる描写と固有名詞の数々が棘のように胸に刺さり、このごく当たり前の常識を痛いほど知ることになります。
とにかく、前半では男は何かを我慢する代わりにひたすら性の快楽に溺れ、女は見えない何かを探すように寒くて暗い地方都市を彷徨っている印象しかありません。その描写は奥田さんが寒いだけの絶望的な町で暮らす者を、ただ記号として弄んでいるようにも感じられます。しかし、ひょんなきっかけから5人の状況が動き出し、ある一点へ目掛けて走り出すのです。奥田群像劇だけあって、最悪の運命を辿る者もいれば、突然、光明が差す者もあり。本稿では、新興宗教にどっぷり浸かったまま、動けない母親を引き取った堀部妙子が、最悪の状況に陥りながら、妹とのやりとりで見た、幻のような光について引用して、締めくくりとさせていただきます。
「おねえちゃん勤めるのなら車いるね。深夜に自転車通勤は無理だよ。中古の軽、買えば?探せば二十万円くらいであるんじゃないかなあ」治子が運転席で明るく言った。「わたし、おにいちゃんに渡した十万円、返してもらうから、それをカンパする。残りはローン組めばいいじゃない。わたしが保証人になる」
ただし、これはあくまで奥田小説です。希望のある者も含め、全員に用意されているのは、ぬるま湯ではなく、冷酷な現実です。新興宗教の恐ろしさ、政治とカネのからくり、介護や子育てのつらさ・難しさ、結婚生活にはカネがかかるという現実……などなどをポップに読むことができ、少なくとも選挙には必ず行こうと思えるはずです。令和ディストピアを極める今だからこそ、求められる一冊だと考えます。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』☟
※最新作『リバー』について書いています☟
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
※大出世作『最悪』と『東京物語』について☟
※東京オリンピック作品 第2弾『罪と轍』について☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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