- 21位以下に錚々たる名前がズラリ!天才クリエイター・戸梶圭太の2作と鬼畜バカ・小川勝己は文句なしに面白い!2004年度版『このミステリーがすごい!』
- 「何でもやってやろう屋」の軽妙洒脱な口調と香ばしいエピソードトークにグイグイと引き込まれますが『葉桜の季節に君を想うということ』はザ・本格です!
- 今さらなながらの横山秀夫作品では、氏の記者時代を想像できる『クライマーズ・ハイ』がオススメ!刑事部の刑事が普通に捜査をする『第三の時効』は警察小説の古典とも言える深い味わいです
- 紫綬褒章作家を今さら褒めても仕方ないですが、令和という狂った時代、あり得ないことが起こる今こそ読んでほしいのが『グロテスク』です
- セクハラ上等!スケベまる出しのレールに乗せられた終身雇用の歯車男たちが躍って、滑って、転げる短編集『マドンナ』は令和の今こそ読まれたい!
- 奥田英朗のグロくて鬼畜な部分が炸裂!『真夜中のマーチ』は強烈な風刺や皮肉が込められており、文脈からIT外道どもへの嫌味がサブリミナルに聞こえてくる!
21位以下に錚々たる名前がズラリ!天才クリエイター・戸梶圭太の2作と鬼畜バカ・小川勝己は文句なしに面白い!2004年度版『このミステリーがすごい!』
対象期間は2002年10月ー2003年11月。世代交代が進み、人気作家が複数の話題作品を発表したことで注目を集めました。例えば、横山秀夫さんは4位『第三の時効』、7位『クライマーズ・ハイ』、21位以下に『真相』がランクイン。伊坂幸太郎さんは3位『重力ピエロ』と、6位『陽気なギャングが地球を回す』で票が割れなければ1位でもおかしくなかったという声が聞かれた年でした。逆に言うなら、興味深い作品が多過ぎた一年で、21位以下の戸梶圭太さんの『さくらインテリーズ』『トカジャクソン』、小川勝巳さんの『ぼくらはみんな閉じている』などは、かなり話題になりながら21位以下。常連の逢坂剛さん、大沢在昌さん、馳星周さん、高野和明さん、真保裕一さんも圏外だったように、読み手からすると、すべてを追い切れない一年だったように思います。
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1位 葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶吾
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2位 終戦のローレライ 福井晴敏
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3位 重力ピエロ 伊坂幸太郎
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4位 第三の時効 横山秀夫
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5位 グロテスク 桐野夏生
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6位 陽気なギャングが地球を回す 伊坂幸太郎
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7位 クライマーズ・ハイ 横山秀夫
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8位 月の扉 石持浅海
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9位 流れ星と遊んだころ 連城三紀彦
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10位 ワイルド・ソウル 垣根涼介
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11位 ゲームの名は誘拐 東野圭吾
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12位 「密室」傑作選 ミステリー文学館編
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13位 太平洋の薔薇 笹本稜平
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14位 疾走 重松清
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14位 七度狐 大倉孝裕
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16位 GMO 服部真澄
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18位 マルドゥック・スクランブル 冲方丁
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18位 街の灯 北村薫
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20位 ZOO 乙一
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20位 陰摩羅鬼の瑕 京極夏彦
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20位 汚名 多島斗志之
「何でもやってやろう屋」の軽妙洒脱な口調と香ばしいエピソードトークにグイグイと引き込まれますが『葉桜の季節に君を想うということ』はザ・本格です!
ただ、個人的には仮に有名作家の有名作品が刊行されていても『葉桜の季節に君を想うということ』がぶっちぎりの評価だったと思います。本格と呼ばれる作品に馴染めないまま五十を過ぎてしまった私が推すのだから間違いない?これは叙述のトリックの金字塔でしょう。書評で読んだ主人公の元私立探偵の成瀬将虎の「なんでもやってやろう屋」という職業設定が面白いだけで買った記憶がありますが、部分部分を読み直しても未だにワクワクします。
「(略)…おっと、仕事は警備とは限らないか。ある時は片目の運転手、ある時は外国航路の船員、ある時は流れ者の無法者…(中略)たまにはテレビドラマのエキストラ。自称、『何でも屋』ならぬ『何でもやってやろう屋』である。人の一生は短い。やれる時にやりたいことをやっておかなければ後悔する。欲求のおもむくがままセックスに励むのも、今この時を楽しみたいからだ…(略)」
コロナ禍を経た今、ほぼ許されない享楽的な生き方、軽くて自虐的な口調が好きな人にはオススメ。また、この話からすぐ香ばしい匂いが漂ってくるのは、調査依頼が霊感商法がらみであることでしょう。駆け出しの私立探偵時代、ヤクザへの潜入取材を命じられ、潜った日々を振り返る長い章も含まれます。しかし、この本の醍醐味はスリリングな展開と大どんでん返し。洒脱な台詞に酔っていると、最後の最後に世紀の仕掛けが用意されています。歌野晶吾さんの名前を知らしめた大傑作です!
今さらなながらの横山秀夫作品では、氏の記者時代を想像できる『クライマーズ・ハイ』がオススメ!刑事部の刑事が普通に捜査をする『第三の時効』は警察小説の古典とも言える深い味わいです
もはや、横山秀夫さんの4位『第三の時効』、7位『クライマーズ・ハイ』ともに映像作品まで傑作とされていて、ピックアップすることに照れを感じるほどの知名度。どちらかを選べと言われれば、日航機墜落事件を扱った『クライマーズ・ハイ』。氏が勤めていた上毛新聞がモデルと思われる地方新聞社が舞台です。NHKのドラマでは、堤真一が販売部と揉めるシーンが妙に強調されていましたが、原作では広告部とも派手にやり合います。なんと、記事のためにデスク権限で広告を勝手に飛ばしちゃいます。でんでんが演じた肩を持つ整理部(見出し&レイアウト)の古参との関係なども原作のほうが深いです。結局、ディテールを読みたければ、やっぱり本ということでしょう。
ところで、当時、私は異様にドラマを観ていたようです。『第三の時効』と言いますと、公安上がりの鬼畜刑事・段田康則の顔ばかりが蘇ります。警察小説でも捜査畑以外の人物にスポットライトが当たるという理由で、横山秀夫の警察小説は有名になりましたが、この短編集は初めて刑事部の刑事が捜査をします。2013年版で戴冠を果たす『64』の三上が広報部所属であるように、この当たり前が横山秀夫ファンには未だ逆説的と思えるから不思議です。偉才がどストレートに刑事を描いたらどうなるか?そこにはもちろん、班同士の軋轢が生み出す胃がキリキリするような感覚と手練れ同士の化かし合いがあります。完璧な短編6話を収録した警察小説です。
紫綬褒章作家を今さら褒めても仕方ないですが、令和という狂った時代、あり得ないことが起こる今こそ読んでほしいのが『グロテスク』です
このほかでは、桐野夏生さんの5位『グロテスク』。東電OL事件がベースにした作品として有名ですが、いま、これを書くためにパラパラ捲るだけのつもりが1時間は経っていました。この本で描かれている「コンプレックスと嫉妬からくる異常な向上心」「何かへの復讐心と怨念」などに少なからず共感している自分に気付かされました。そして、紫綬褒章作家は歪んだトラウマ、いびつな性、家族のいやーな部分を突きつけることで、人をグロテスクに作り上げる社会を浮き彫りにさせる訳です。嫌なことを直視する、これが桐野夏生の真骨頂だと考えます。
ほかにも、この年はとにかく傑作が多く、垣根涼介さんの10位『ワイルド・ソウル』はハマりました。この頃の垣根さんは本当にワイルド!旅行会社出身の氏は圧倒的な行動派で、体験と取材を重んじる創作姿勢が生み出す臨場感にグッときます。この作品もほかの年だったら、結果は違っていたはずです。垣根さんの作品は途中まで、ほぼすべて買っていたのですが、何度かの方向転換を経て、現在は時代小説で活躍されています。それが、最初期からのファンとしては、何となく残念に感じられます。
セクハラ上等!スケベまる出しのレールに乗せられた終身雇用の歯車男たちが躍って、滑って、転げる短編集『マドンナ』は令和の今こそ読まれたい!
みなさんのご目当てである奥田英朗さんは1999年に『最悪』、2001年に『邪魔』を発表したばかり。いよいよ売れっ子街道をまっしぐらといった感じでしょうか。『マドンナ』が刊行されたのはこの時期。私自身が大きな会社に勤めたこともなく、異動も経験したことがないので「総務は部長(=総務部へ飛ばされた)」「ボス(=同い年の女性が上司になる)」「パティオ(=中庭のある6棟のオフィスビル)」「ダンス(=息子がダンサーになりたいと言い出す)」ほか、すべてはまったく縁のない世界です。奥田さんも小規模な広告代理店のコピーライターから小説家になった訳だから、実際のところどこまでリアルな世界を追求したのかは疑問です。要は雰囲気ものです。しかし、トレンディドラマのようなバカげた時代性を盛り込むことで、バブルの残り香が漂う旧態依然たる日本企業の面白話6編が仕上がりました。
特に無茶苦茶なのは表題作「マドンナ」。平たく言えば、妻子ある42歳の課長が自分の課に配属された25歳の新入社員に恋をしてしまい、奥さんにその心を見透かされたのに開き直ってみたり、挙げ句の果てにライバルの部下と殴り合うという奥田版「寺内貫太郎一家」です。主人公の同期社員はクラブでバイトをする短大生と不倫をしており、奥さんも息子の学校の先生の若いフェロモンにやられたと旦那に告白。大らかな時代背景を伝えます。しかしまあ、全6作、サラッと読み直してみましたが、不適切な設定、いんちきフェミニストを怒らせるセクハラ上等な言葉の数々は、令和の今こそ面白いと思います!
奥田英朗のグロくて鬼畜な部分が炸裂!『真夜中のマーチ』は強烈な風刺や皮肉が込められており、文脈からIT外道どもへの嫌味がサブリミナルに聞こえてくる!
そして、この期間にはWOWWOWでドラマ化された『真夜中のマーチ』が刊行されています。いかにもバブルですねえ。美術商が開帳する裏カジノの10億円をイカれた3人と1匹が狙う話です。
登場人物は以下の通りです。
ヨコケン(パーケン屋をやりながら美人局で財をなし、女衒と中抜きで儲ける若き社長)
ミタゾウ(巨乳好きの財閥御曹司。ヤリタイ盛り。会社を辞めてキリバス共和国へ移住希望)
クロチェ(元祖港区女子でいただき女子。パパは平気で売る)
ストロベリー(ジャンクフードは食わないドーベルマン)
確か、後のエッセイで編集者が長編小説の連載を持ちかけた時、奥田さんは『真夜中のマーチの第2弾』を提案する下りがあったはず。奥田作品には「すべてがゲスでクズで、会話はギトギトの下ネタだらけ」というパターンがありますが、この作品はその元祖と位置付けられます。
興味深いのはザ・クズであるヨコケンが語る「世の中にいる三種類の人間」です。書かれたのは近鉄バッファローズの身売りで盛り上がっている頃。時代の寵児のようにもてはやされた誰かと誰かが意識されています。奥田英朗という偉才はプロ野球への愛が非常に深く、また、その詳しさはNumberで連載を持っているほどだということを念頭に以下の引用読んでください。
健司には信念があった。世の中には三種類の人間がいる。物を作る人間と、売る人間と、抜く人間だ。そしてこの並びは、馬鹿な順だ。
また、人生の目標についてはこうも言っています。
大金をつかんで派手に遊ぶこと。そして大物扱いされること。それが健司の、最大の望みだ。
エログロのアンモラルを追求しつつ、特に「今では知識人扱いの某氏」を遠回しに揶揄しているようにも感じられます。中抜きで食っている主人公そのものを筆者の言葉で否定する筆致が、自虐的に冴えわたる!後に本領を発揮する猛毒作家の片りんを感じ取ってもらえることでしょう。
なお、私は映像作品を観たことないですが、絶対に奥田英朗は原作で読んでこそです。まだ「不適切」とか「コンプライアンス」などという言葉がなかった時代、「うちの鉄砲玉=コンパニオン」あたりは序の口です。鬼畜な言葉のオンパレードをぜひ活字でご堪能いただきたく存じます。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
このミス初登場!二文字作品の第1弾『最悪』について☟
大出世作『邪魔』と『東京物語』について☟
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
東京オリンピック作品 第2弾『罪の轍』について☟
※最新作『リバー』について書いています☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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