大原部長というルールは不在!両津勘吉と本気で戦わせたい悪徳警官ハゲタカをぜひコミック化してほしい!“剛爺”こと逢坂剛の『禿鷹の夜』はバカに贈るバカミスの聖典!このほか、泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城 全集』、横山秀夫のこのミスにおけるデビュー作『動機』などについてです。2001年版『このミステリーがすごい!』

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このミステリーがすごい!
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本命不在のカオス状態、泡坂妻夫『奇術探偵曾我佳城 全集』の傑作足し算商法が混戦を断つ!~2001年 このミステリーがすごい!ベスト20

日枝取締役・相談役はすべて辞めたようです=2025年3月27日

順位 タイトル 著者
1位 奇術探偵曾我佳城全集 泡坂妻夫
2位 動機 横山秀夫
3位 禿鷹の夜 逢坂剛
4位 オルファクトグラム 井上夢人
5位 始祖鳥記 飯嶋和一
6位 象と耳鳴り 恩田陸
6位 虹の谷の五月 船戸与一
8位 依存 西澤保彦
9位 症例A 多島斗志之
10位 川の深さは 福井晴敏
11位 月の裏側 恩田陸
12位 木製の王子 麻耶雄嵩
13位 残光 東直己
14位 火蛾 古泉迦十
14位 あやし~怪~ 宮部みゆき
16位 葬列 小川勝己
16位 象牙色の眠り 柴田よしき
16位 依頼人は死んだ 若竹七海
16位 脳男 首藤瓜於
20位 倒錯の帰結 折原一
20位 レオキス 池上永一
20位 雪月夜 馳星周

対象は1999年11月ー2000年10月。20世紀を締めくくるこの年は本命不在のカオス状態。これといった決定打が生まれない中、1位に躍り出たのは、なんと、泡坂妻夫さんの『奇術探偵曾我佳城 全集』ですから、とにかくびっくりしたことを覚えています。この作品は昭和の傑作短編集『天井のトランプ』と『花火と銃声』に収録されていた作品が3分の2を占めており、純粋な新作ではありません。いわば、ドラマの過去の再放送に新しく制作した数話をちょい足ししたようなイメージでしょうか。偉大な作品だということは理解していますが、それでも当時はかなり意外だという感想を持ちました。

奇しくも、本稿をリライトしているのは、2025年3月末日、例のフジテレビの中居正広事件の第三者委員会の報告が発表される直前。スポンサーにナショナルクライアントが戻ってくる兆しはなく、あの“月9”さえ制作がままならない状況が続いています。新聞のテレビ欄を見ましたら、ウイークデイの昼の時間帯は古い大人気ドラマの再放送を始めた模様。広告の専門家の説明などを聴いていると、まるでいつも埋め草を探しているBS放送のような空虚な時間が増えていくという見方が大半です。『ホワイトアウト』『容疑者Xの献身』『教場』、そして「このミステリーがすごい! 大賞」ドラマシリーズ……などなど、事件前に何も知らずに見ていた、“このミスゆかり”の作品がこれから何度も繰り返し流されるのでしょう。なぜか、突然刊行された『曾我佳城』のリバイバルをパラパラめくりながらこんなことをふと思いました。























組織の歯車だった当時「うっ…俺よりもキツい」と思ったほど。ついに警察小説の巨人・横山秀夫がこのミスに現る

さて、この年の一般的な注目は2位の横山秀夫さんの書籍化2作目となる『動機』ではないでしょうか。当時、サントリーミステリー大賞佳作の『ルパンの消息』は出版されておらず、直木賞候補になったその前の『陰の季節』がひそかに話題になっていた時代です。当時は“警察短編小説の名手”的な位置付けで、氏が長編を手掛けるようになるのは『半落ち』の後から。この6章からなる傑作も、犯人である現職警部が頑なに口を閉ざす「自主までの空白期間」を解き明かすため、刑事→検察官→新聞記者→弁護士→裁判官…という具合に、謎解きをバトン形式で各章の主人公へとつないでいく“ベルトコンベア小説”です。それにしても「将来の直木賞作家」と目されていた偉才が『半落ち』を契機に「直木賞決別宣言」をして、数々の長編傑作を生み出すとは、誰も予想していなかったでしょう。

ちなみに、この短編集に収録されている作品は、かの有名な「警察手帳がなくなってしまう表題作」以外は「警察以外」を題材にとっています。

収録作品のタイトル 主人公の職業
動機 警務課・企画調査官(J県警本部)
逆転の夏 葬儀社勤務(元製薬会社社員 )
ネタ元 新聞記者
密室の人 裁判官

今だから言えることですが、ここに長編傑作である『クライマーズハイ』や『ノースライト』などへ展開していく兆しを感じることができます。しかしまあ、氏の描く「組織の軋轢」や「疲れる状況」はいま読み直してもリアル。主人公に感情移入し過ぎて、胃がキリキリするほど、自分に置き換えさせてしまうあたりが、不世出と呼ばれる所以なのでしょう。巨匠がこのミスデビューを果たしたのはこの傑作短編集から。今となっては当たり前の話となっていますが、上毛新聞の記者出身というバックボーンを全作品から感じ取ることができます。

このほか、2025年にふさわしいプチ情報として、横山作品では『顔』がフジテレビでドラマ化されていることを取り上げておきます。仲間由紀恵さん主演のこのドラマ、俳優サイドに何か事情があったのか、謎のピンボケや奇妙なカメラワークからしてかなりの失敗作。再放送があっても時間の無駄であることは知っておいて損はないはずです。























鬼畜小説の小川勝己はどこへ行ったのか?負け犬どもの逆襲『葬列』はあの『OUT』を思わせるクライムノベルの傑作である!

このほかでは、今なら「グロいだけ」と敬遠されそうな鬼畜作品で将来を嘱望されていた小川勝己さんの名前を見付けることができます。確かに一発屋的なニオイは否めませんが、デビュー作である16位の『葬列』は問答無用の面白さ。3人の中年主婦と1人の若いチンピラが街金を襲ったり、ヤクザの組長の別荘を襲撃する陳腐な展開は、銀行員が貸金庫の裏金をくすねたり、体力自慢の一般人がブラック案件のアルバイトを請け負う令和を予言していたとも言えなくありません。ごく普通の主婦が犯罪に手を染めるという設定に、桐野夏生さんの『OUT』のパロディ臭を感じるものの、小川作品はゲスイ男目線のエログロセンテンスが盛り込まれていて、味わいは似て非なるもの。最近は書いていないのかなあ。バイオレンスから童貞の青春小説まで書けるユニークな作家さんでした。もっと売れてほしかったのに。























マッポだろうがヤー公だろうが向かうところ敵なし!最強にして最凶の悪徳警官登場!逢坂剛の『禿鷹の夜』はぶっちぎりで面白い!

さて、個人的なオススメは、“剛爺”こと逢坂剛さんの3位『禿鷹の夜』です。神宮署生活安全特捜隊員警部補、禿富鷹秋が渋谷を舞台に暴れ回るこのシリーズは、相手が同業の警官であろうが、ヤクザであろうが向かうところ敵なし。例えるなら「大原部長不在のこち亀で暴れ回る両さん」(フジテレビとは切り離してください)。無敵街道を突っ走るハゲタカが実に痛快です。逢坂剛さんといえば、スペイン作品のイメージがありますが、バカミスあり、バイオレンスあり、グルメあり、時代劇あり、実はもっと雑多な作家さんなのです。例えば『岡坂神策』シリーズの一部や『御茶ノ水署』シリーズなどは男性本意で不真面目の典型。潔癖な方からすれば、嫌悪感しかないでしょう。しかし、これらはまだまだ序の口で、ろくでなし加減はハゲタカ・シリーズの足元にも及びません。

番号 タイトル
1 禿鷹の夜
2 禿鷹の夜Ⅱ 無防備都市
3 禿鷹Ⅲ 銀弾の森
4 禿鷹狩り
5 兇弾

連載当初、逢坂センセーは「ⅡもⅢもなく、Ⅰで殺す予定だったが、人気が出たため仕方なく続けた」と仰られているように、シリーズは5作目までダラダラと続きます。このように説明してくると、お笑い色が強い印象ですが、御大の筆致はダシール・ハメットのように乾いたハードボイルド。ハゲタカの内面描写を一切排し、多視点の法則を用いることによって、何を考えているかわからないミステリアスなキャラクター?として描かれています。そこで、本稿では愛すべきハゲタカとゆかいな仲間たちが織り成す全5作を駆け足でご紹介しようと思います。

これが高尚極まりない『禿鷹シリーズ』だ!逢坂センセ―が「第1作目で殺しちゃう予定だった」はずが、人気が出すぎて生き延びたハゲタカの魅力を超適当にご紹介しちゃいます!

警視庁管内の警察署にいる脛に傷持つ連中を裏で操り、互助会らしき組合のような組織を束ねる禿富鷹秋。奴が渋谷の街に配属されたため、ご都合主義クソくらえのバイオレンス・シリーズは始まり、諸々の人物に不幸が降りかかることになります。最初の餌食は渋六興行の水間クン。縄張りのお守代を集金していたところ、ハゲタカから昭和の中学の先輩に呼び出されるように、路地に誘われた後、殴るでも蹴るでもなく、何故かスタンガンで眠らされてしまいます。そして、目覚めた時には、おカネがたくさん入ったアタッシュケースはありませんでした。その間、わずか6ページ。強豪高校の野球部のような上下関係が一瞬にして構築されると、読者はハートを鷲掴みにされてしまうのです。

このシーンが象徴するように、ハゲタカが獲物としてロックオンした木っ端に割かれる行数はごくわずか。とにかく、すれ違っただけで、気絶していたり、酷いと死体として上がっている。そんな場面がシリーズには随所に出てきます。そして、先述しましたが、内面描写が一切省かれているため、ひたすら行動と結果だけで物語は進んでいくのです。























言い訳は「ゴジラが来て暴れていった」の両さん並みの開き直り!大原部長が不在のカオス状態の中「オレ、オレ、オレ」のジャイアン・リサイタルが全開!

典型的な例を挙げましょう。『禿鷹の夜』では自分の女が南米マフィアに殺られると、気付いたら子分となっていた水間クンをはじめ、渋六興行の面々を走らせ、相手の下っ端のチンピラを「殺人罪で逮捕(拉致)」してお尻をペンペン。ただし「こち亀」のように大原部長がいないため、必殺技のトーキックは加減を知りません。

「とがった靴の先がものすごい勢いで、自分の顔に向かって飛んでくるのを見た」

ちなみに、行方不明になったこのチンピラは警察では「逃げられた」こととして処理され、結果的に大井埠頭付近の京浜運河で発見されます。

「自〇したくなるような、悩みがあったんだろう」

警官なのに平気で人をあやめるクールガイ。すべての言葉は「ゴジラが来て暴れていった」という両さんがオチで放つ捨て台詞レベルで、心も説得力もゼロ。

『禿鷹の夜』の冒頭から、順番にストーリーに沿ってハゲタカの台詞を抜粋してみましょう。

おれのやり方に文句があったら、署まで言いに来い」「おれが言ったとおりだろう」「おれはどこへ、はいるにも、だれの許可も取ったことはない」「おれの前に連れてくるんだ」「おれが逃げられたと言ったら、実際に逃げられたという意味だ」「おれの獲物だ。おまえたちには渡さんぞ」「おれは本気だ。右手に隠しているものを、こっちへ投げろ」

誰かをイメージしませんか?そうです。「おれ、おれ、おれ」ただのジャイアンです。























組長の娘であろうが、乳臭い若い女はまったく眼中になし!わがままセックスのハゲタカは周囲が驚くほどの年増好き

ところで、ハゲタカは女性から“異様なまでにモテる設定”で描かれています。そのため『禿鷹の夜』は乾き切ったラブストーリーとしても読むことができます。セックスは我がままで、好みにもうるさく“周囲が目を疑うほどの年増好き”です。

例えば、印象的なシーンを『禿鷹の夜Ⅱ 無防備都市』からご紹介しましょう。

「死んだおふくろの生き写しだ、とでも言えば気がすむのかね」…6行後…

「ひるのようにぬめりのある唇と舌が、世津子の口の内外を丹念に蹂躙する」

しかし、この後、自分をつけ回す監察官を罠にはめるため、寝とった欲求不満の女房といちゃついていたところを、世津子に見られてしまいます。

「逃げるつもり」「そうだ、逃げるつもりだ」……

そして、こんな大揉めがあった後、世津子は事件に巻き込まれ、なんとあっさり命を落としてしまうのです。その場に居合わせたハゲタカは一言……

「無駄だ。もう助からんよ」

この手の振る舞いをする男は、逢坂作品のキャラクターにしばしば見られますが、令和となったいま、もう共感を得られないでしょう。中でも、絶対に反感を買うこと間違いなしの“昭和生まれの不適切シーラカンス”がこのハゲタカなのです。























あわれ、ハゲタカ、すべては自業自得。しかし、殉職後のパート5は両さん不在のこち亀を読むような切なさが込み上げてくる…

しかし、世の中の平和を愛するみなさん、どうか安心してください。ろくでなしには、強烈なしっぺ返しが待っています。『禿鷹Ⅲ 銀弾の森』でハゲタカは御茶ノ水駅・湯島方面の崖から中央線の貨物列車が走る線路へ突き落とされます。そして、帰還した時、なんと右手に持っていたのは左腕。その次の『禿鷹狩り』で左手はくっつきますが、逢坂センセ―の当初の構想通りにあっけなく死にます。しかも、蹴り落とされたのも、タマ(命)を取られたのも、相手はすべて女性ですから、こればかりは自業自得でしょう。ゲラゲラ笑ってあげるのが、奴の供養だと私は考えます。

ただし、話はここで終わりません。なんと、パート5に当たる『兇弾』ではハゲタカには妻がいたという強引な設定で物語は続きます。ハゲタカの命を取った巨漢の女性警官もなかなかの悪党だったため、多くの読者から続編のリクエストがあったのかもしれません。帯にある「死せる禿鷹、生きるキャリアを走らす!」という敵討ちはスピンオフ企画として、辛うじて成立しているのではないでしょうか。しかし、どうしても、両さんがいないこち亀を読んでいるような感じがして、主役不在の空虚感は否めず、全体を覆う切ない読後感を禁じ得ません。あわれ、愛すべきハゲタカ、悲しい末路です。

最後に一般的な評価や自分の趣味を客観視した場合のオススメ度について。

『禿鷹の夜Ⅱ 無防備都市』には次のような台詞が出てきます。

「ルールのない試合なら、禿富のだんなも負けてませんよ。最後にボトルで御園の頭を殴ったのを、見たでしょう。しかも、正々堂々と、後ろからね」

キンテキ、目潰し、凶器攻撃…すべてはルール内。要するにハゲタカはなんでもありなのです。確かに、普通の小説として読みたい一般的な方は『禿鷹の夜Ⅱ 無防備都市』までなのかもしれません。実際、このミスで評価している人は『禿鷹Ⅲ 銀弾の森』以降、ほとんど見受けられませんし、この3作目からは、女性がハゲタカになびくまでの過程などは「B級エロ漫画並み」の無理があります。これを心から面白いと思える人は、かなりのバカミス好きでしょう。

ただし、バカを愛するバカのためのバカミスの神髄がこのシリーズなのです! これから『禿鷹の夜』前夜が描かれてもおかしくないですし、極端な話、AI時代にサイボーグとして蘇っても私は普通に許してしまいます。巨匠・逢坂剛に怒られそうですが、このような理由で、私は劇画タッチだった20巻くらいまでの「こち亀」のテイストを感じさせるこのシリーズを愛して止まないのです。

(以上、2025年3月27日改稿)























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