- 2006年版『このミステリーがすごい!』ベスト20!
- バラエティ豊かな一年を象徴する究極のアンモラル本格ミステリ『神様ゲーム』が少年少女のためのシリーズに登場!『バトル・ロワイヤル』なんて目じゃないグロいオチに度肝を抜かれるぞ!
- 東野圭吾『容疑者Xの献身』を巡る本格論争……はっきり言ってくだらないですね。面白ければなんでもいいじゃん
- なんと9年ぶりに『愚か者死すべし』で帰ってきた時代錯誤の原尞と沢崎!しかし、携帯が普及し、時代は大きく変わっていた……
- 藤原伊織、渾身の一撃は、氏の出身である広告業界を舞台にした大傑作!しかしその時は既に…まったく知りませんでした。思い出すだけで、ただ悲しいです
- ブルセラ、エンコ―どころの話ではない!下品な欲望に任せて登場人物たちが突っ走る!奥田ブンガク史上、最もお下劣であると誉れ高い傑作!
- 「口述筆記」の某作家をいじり倒すなど、ただのエログロで終わらないあたりが偉才の作品!図書館ナンパが当たり前?だった時代の郷愁が込み上げます
2006年版『このミステリーがすごい!』ベスト20!
対象は2004年11月ー2005年10月。この年はとにかく傑作揃いであることに加え、バラエティの豊かさに驚かされます。県警幹部の失踪事件を巡る警察群像ドラマ『震度0』が3位に輝いたかと思えば、戦後、日米の軍用犬の間に生まれたイヌの視点から綴られた『ベルカ、吠えないのか?』が7位にノミネートされる振り幅の広さ。あとは、コンプラも何もない時代。人間の生死を「死神」が判定する『死神の精度』、少女が主人公のクライムノヴェル『少女には向かない職業』ほか、世の中はまだ大らかだったような気がします。ランク外ですが、「悪い女」に定評がある沼田まほかるさんが『九月が永遠に続けば』を発表したのもこの年のことで、それくらい充実の一年でした。ちなみに順位は以下のようになっています。
順位 | タイトル | 著者 |
---|---|---|
1位 | 容疑者Xの献身 | 東野圭吾 |
2位 | 扉は閉ざされたまま | 石持浅海 |
3位 | 震度0 | 横山秀夫 |
4位 | 愚か者死すべし | 原尞 |
5位 | 神様ゲーム | 麻耶雄嵩 |
6位 | シリウスの道 | 藤原伊織 |
7位 | ベルカ、吠えないのか? | 古川日出夫 |
8位 | 犬はどこだ | 米澤穂信 |
8位 | 島崎警部のアリバイ事件簿 | 天城一 |
10位 | うたう警官 | 佐々木譲 |
10位 | 最後の願い | 光原百合 |
12位 | 死神の精度 | 伊坂幸太郎 |
12位 | 痙攣的 | 鳥飼否宇 |
14位 | 三百年の謎匣 | 芦辺拓 |
14位 | ニッポン硬貨の謎 | 北村薫 |
16位 | シャングリ・ラ | 池上永一 |
17位 | モーダルな事象 | 奥泉光 |
18位 | 審判 | 深谷忠記 |
19位 | 弥勒の掌 | 我孫子武丸 |
20位 | 少女には向かない職業 | 桜庭一樹 |
20位 | 隠蔽捜査 | 今野敏 |
バラエティ豊かな一年を象徴する究極のアンモラル本格ミステリ『神様ゲーム』が少年少女のためのシリーズに登場!『バトル・ロワイヤル』なんて目じゃないグロいオチに度肝を抜かれるぞ!
こうして振り返りますと、ブラックといいますか、読者の安っぽい倫理観を挑発するような作品が多かったように思います。その極め付きが、少年少女のためのジュブナイル叢書・講談社ミステリーランドから出版された麻耶雄嵩さんの第5位『神様ゲーム』でしょう。講談社がどのような意図でこのシリーズを出そうと思ったのかは知りませんが、結局、子供たちの手元には届かなかったということなのかもしれません。この胸くそ悪い大傑作によって、シリーズは「児童書の体裁を取った大人のための本」に趣きを完全に変えたように思います。
出だしはこんな感じ。小学校4年生の黒澤芳雄は同級生たちと探偵団を結成しています。最近は猫を残虐な方法で殺す事件が連続していました。そして、芳雄が密かに恋心を寄せる探偵団の一員でもあるミチルの猫までも殺されてしまいます。そんな中、芳雄はトイレ当番で一緒になった不思議な転校生、鈴木太郎と偶然、話をします。すると、彼は世界を創造した全知全能の神だと言い、ある大学生が犯人であることを告げるのです。そして、数日後、探偵団のアジトに集まると、秘密のドアが開きません。ドアを壊してみると、そこには古井戸に同級生の探偵団員の死体がありました……
多分、この話を少年少女のためのシリーズとして出版することは、今なら諸々の規制に引っ掛かることは間違いないでしょう。個人的な考えでは、やはり子供には読ませられない。しかし、神が突きつけた真実はあまりに残酷すぎると同時に、見事なまでに美しい着地点に落ち着きます。貴方・貴女様が本格を愛する大人であり、残酷な結末の美しさを愛するのであれば、ぜひともオススメします。
東野圭吾『容疑者Xの献身』を巡る本格論争……はっきり言ってくだらないですね。面白ければなんでもいいじゃん
さて、この年に話題となったのは、やはり東野圭吾さんの1位『容疑者Xの献身』ではないでしょうか。といいますか、この作品が「本格か否か」という論争のほうが、やたらと記憶に残っています。どこから湧き上がった話だったか、具体的には覚えていませんが、ミステリの世界にはこだわるお方がいらっしゃるようです。日本人はとにかく線を引くのが大好き。「アンチ“このミス”」がいることは存じ上げておりますが、私は物語はなんでも面白く読めれば、ジャンル分けなど、どうでもいいという立場です。
むしろ、ガリレオ・シリーズ初の長編に対して物申したいのは、1年に最低1度は映画を再放送するフジテレビに対してでしょうか。福山雅治のイメージがこびりついて、もはやコントやお笑いの芸風の印象が色濃くなってしまって、シリーズに触手がまったく伸びなくなっているのは事実です。『ホワイトアウト』もそうでしたが、このミス上位の作品はフジテレビで映画化され、読者であることがダサくなってしまう傾向があります。この作品も原作でこそ。時代を超えて愛されてほしいなぁと考えています。
なんと9年ぶりに『愚か者死すべし』で帰ってきた時代錯誤の原尞と沢崎!しかし、携帯が普及し、時代は大きく変わっていた……
このほかでは、あの沢崎が9年ぶりに帰ってきました。このミス創刊号以来の常連である原尞さんの4位『愚か者死すべし』です。超人気者だった名探偵の凱旋は、かつての相棒を尋ねてきた女の依頼を受けるところから話が始まります。シニカルな口調から商売っ気がないところまで、何ら変わっていません。しかし、変わっていたのは時代でした。なんと、ポケットに入る折り畳み式の携帯電話が普及していたのです。このような時代になり、沢崎がどう振る舞うのか、それだけでも注目です。
沢崎シリーズ全6作のこのミスでの順位は②①⑤⑤④①位だったように、2023年に逝去された原さんは完璧主義者で、納得のいく作品しか世に出さなかったように思います。実際、シリーズは次の『それまでの明日』で終了となってしまいますし。ただし『愚か者死すべし』が刊行されるまでの間、9年ものブランクがあったことを思うと「もう少し探偵日記が残っているのでは?」と勘ぐってしまう訳です。まあ、こんな夢を見させてくれるのも、沢崎の魅力なのでしょう。改めまして、謹んでお悔やみ申し上げます。
藤原伊織、渾身の一撃は、氏の出身である広告業界を舞台にした大傑作!しかしその時は既に…まったく知りませんでした。思い出すだけで、ただ悲しいです
原尞さんの訃報は2023年のことですが、藤原伊織さんが亡くなられたのは、2005年に『シリウスの道』が刊行されてから約1年後。この作品は藤原さんがサラリーマン時代に身を置いていた広告業界を舞台にした大傑作です。雀荘とウイスキーがよく似合う永遠の不良は、過去に人生を通り過ぎていった女との思い出を語らせたらピカイチ。また、ギャンブルや投資に造詣が深く「ヒシミラクル」「仕手銘柄」など、趣味である競馬や株のワードがちりばめられているのも粋な遊び心を感じさせます。主人公の造形に朝まで酒を飲んで、そのまま会社へ行く作家以前の藤原さんの姿をダブらせる人は多いのではないでしょうか。
そして、我々は楽しみにしていたこのミスを読んで、藤原さんはもう既に癌に侵されていたことを知り、衝撃を受ける訳です。「あの星はまだ輝いているか?」……ただし、こういった事情や先入観をいっさい除いて、気軽に読んでほしいと思います。それくらい広告業界の内幕が偉才の洒脱な文章で紡がれています。酒、煙草、競馬など好きでなくても、銀座という街がよく似合う“イオリン”の世界観は心に迫るはずです。
ブルセラ、エンコ―どころの話ではない!下品な欲望に任せて登場人物たちが突っ走る!奥田ブンガク史上、最もお下劣であると誉れ高い傑作!
さて、奥田英朗さんの話へ移りましょう。この年は奥田ブンガク史上、最もお下劣であると誉れ高い傑作が登場します。売れる物は何でも売るブルセラ女子高生がワイドショーを賑わわし、テレビでも有名だった大学教授が鏡を使った覗きの常習犯であったことが明らかにされるなど、奔放で下品な性で身を亡ぼす輩が後を絶たなかった時代。『ララピポ』は登場人物たちがワガママな欲望に狂い、破滅へ向かって走り出す姿に爆笑が止まらない平成風俗史の一幕を活写した傑作!当時、全盛を極めた裏モノ系の雑誌を読んでいるようなチープなエピソードやキャラクターを記号として散りばめつつ、それぞれの人物の荒涼殺伐とした内面までを描くことに成功しており、現在の格差社会の一端さえも見いだすことができます。
構成は全6話の短編に登場する脇役が、次の話では主役を引き継ぐリレー形式。こういう体裁の本はよくありますが、問題は両者をつなぐぶっ飛んだリレーのバトンでしょう。バトンそのものについて書くとネタバレになってしまうので、本稿ではそれぞれの話の概略をサクっとご紹介します。
1話「What A Fool Believes」
杉山博は32歳のフリーライター。良くいえば、若者向けの情報誌で新商品の記事を書く担当、平たく言うなら、プレスリリースを写すような単純作業に携わっている。この程度の仕事では、生活はギリギリで、貯金を切り崩しながら、日々の大半を図書館で潰すような毎日である。そんなある日、欠陥住宅の上の部屋からドンドンという足音が聞こえてきた。どうやら、最近越してきた男が毎日、違った女を連れ込んでいるらしい。最初は二階の窓から漏れる声で我慢していたが、やがて椅子の上に立ち、コップを天井に当てて聞くことを覚え、ついには秋葉原でコンクリートマイクを購入するまでになる。そして、気付けば、性欲の塊と化し、図書館でいつも会う太ったサユリという女をナンパし、彼女の部屋で情事に至るのだが…
2話 Get Up,Stand Up
栗野健治はキャバクラなどの下っ端スカウトマンである。キャバクラは単価が安く、風俗店やアダルトビデオの売れっ子を抱える先輩によると、ひとりだけで月に数十万円のコミッションをもらえるらしい。しかし、成績が上がらない健治に僥倖が訪れる。デパガのトモコだ。おとなしい彼女は主体性がなく、いきなりノーパン・パブからスタートすることを承諾し、気付けば、ヌキ・キャバ、アダルトビデオと健治の思い描いた通りに階段を駆けあがって行くのであった。ただ、美味しいことばかりではない。上司からヨシエという自分の母親と大して年齢の変わらぬ熟女AV女優を押し付けられ、彼女に何度も凌辱されてしまう。ちなみに、トモコのアダルトビデオのデビュー作品はいきなり親子丼もの。そんなことはつゆ知らず、健治はお巡りさんに連れて行かれ…
3話 Light My Fire
佐藤良枝は夫と家庭内別居の専業主婦である。趣味は自慰行為と向かいの家の郵便受けに投函される郵便物の盗み見である。しかし最近、良枝はアダルトビデオ業界に身を投じることで生きがいを見つけた。熟女物=企画物であるため、養豚場や倉庫での逆さ釣りなど、過酷な現場が多かったが、世の中から必要とされている喜びを知ったのだ。そんなある日、郵便物を盗み見していると、差出人の名前がない封書があった。開封すると、その家が飼っている犬の鳴き声への苦情が綴ってあった。そして、来る日も来る日も、差出人のない手紙は続き、その内容は過激さを増していった。一方、良枝にも危機が迫っていた。突然、区の職員が家にやってきて「異臭がするから、敷地内のゴミの撤去する」というのだ。彼女には他人には絶対に見られてはマズいものがあった…
4話 Gimmie Shelter
カラオケボックスの店員である青柳健一は夜はゲロと精液の掃除、昼は女子高生の援助交際と彼女たちのケツ持ちに翻弄されるという日々で、ほとんどノイローゼだった。しかも、援助交際を見逃す代わりに、格安でサービスを受けてしまうという後輩の暴走で、昼間の店はほとんど売春宿になってしまう。そして、事態は日に日に悪化し、後輩が店のカネに手を付け、ただでサービスを受けるようになると無法地帯に。自称作家というハゲおやじは同伴出勤し、チーマーたちはマリファナ・パーティーを行うようになり、ようやく警察が駆けつけてくれる。最初、健一は脅されて仕方なく見逃していたと警察は納得してくれたが、サービスを受けて、しっかり射精していたことは事実である。ノイローゼの思考が行き着いたのは「もう逃げ道はない…」そして、このような結論に至った結果…
5話 I Shall Be Reliesed
52歳の官能作家・西郷寺敬二郎は、今日もポータブルのテープレコーダーに「あああん、いやっ」などと吹き込む口述筆記で作業を進める。口述中に勃起し、椅子に座ったまま自慰行為に耽るのは日常茶飯事だ。そんな彼が渋谷のセンター街で女子高生から「手コキ1万ぽっきり。どう?」と持ち掛けられたのは、完成したテープを出版社に持ち込んだ帰りのことだった。そして、社会的地位がある自分がこんなことをしてはダメだとわかりつつ、指定されたカラオケボックスでサービスを受けてしまった。しかし、この経験は創作活動に変化をもたらし、さらに性欲に火を付けてしまう。気付けば「乳もみ5000円」「ちょっと喘ぎ声2000円」などの言い値を当たり前のように払っており、毎日の出費は5万円を超えるようになっていた。カネは持っているので、遊びは留まるところを知らない。ところが「アナルやらせてくれんか?」の一言によって、事態は風雲急を告げ…
第6話 Good Vibrations
テープリライター玉木小百合は小さな出版社をクライアントとしていた。もっぱら仕事は口述筆記された官能小説のテープ起こしである。決して割のいい仕事ではないが、女ひとりで食べていく程度には稼げていた。もともと小百合は小さな会社で事務員をしていたが、倒産を機にこの仕事を始めることになった。慢性的な不況の折、どこへ行っても雇ってくれるところはなかったからだ。会社員を辞めると人付き合いはまったくなくなった。しかし、男だけには不自由することはなかった。渋谷では声がかからなくても、近所の図書館なら、太った自分にも不思議と声がかかるのだ。その日も雑誌を長椅子で読んでいると、さぼっていた郵便配達員が声をかけてきた。小百合は自分の家に招き入れ、床に組み伏せられるのではなく、いつものように、きちんとベッドまで誘った…
「口述筆記」の某作家をいじり倒すなど、ただのエログロで終わらないあたりが偉才の作品!図書館ナンパが当たり前?だった時代の郷愁が込み上げます
もちろん、奥田英朗だけに、ただのエログロで終わらないことは補足しておきます。例えば「口述筆記」という執筆方法は、テレビのバラエティ番組で引っ張りだこだった某有名作家が行っていたことで広く知られます。そして、多くの作家さんたちがそういう行為を「書いているといってよいのか?」と声を上げたことで、その人物はテレビはおろか、文壇からも姿を消してしまったと記憶しています。もちろん「ひたすら机に向かって文章をひねり出す」ことを創作スタイルとしている奥田さんが、そんな行為を認める訳ないということでしょう。『ララピポ』内では、口述筆記を行う西郷寺敬二郎は、文壇や老舗出版社からは過去の人と忘れられており、家庭でも一切の尊敬を得られていない人物として描かれています。
インターネットがまだ万能ではなく、朝から仕事をサボって図書館にスポーツ新聞を読みに出掛け、アダルトビデオをレンタルビデオ屋で借りていた時代の話。そういえば、図書館ナンパというのも割と耳にする話だったように思います。「どちらかというと真面目ではない」という自覚のある方は、あまりにゲスなエピソードの数々に懐かしさが止まらなくなると思います。それくらい、時代を象徴する記号のような人物やお決まりの行動パターンのオンパレードで、ガジェット一つひとつが、話にリアリティを与えています。なお、映像化された際、ぽっちゃり型のテープリライターを森三中の村上知子さんが演じていたことを思い出しました。さすがに外見だけでこのキャスティングは気の毒です笑 村上さんはもっとチャーミング。原作を読むと、こう考える理由をご理解できると思います。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
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