飛び道具だらけの個性勝負!大手版元は逃げ出して『バトル・ロワイアル』は太田出版から出版された! 2000年版『このミステリーがすごい!』 ベスト20
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1位 永遠の仔 天童荒太
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2位 白夜行 東野圭吾
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3位 亡国のイージス 福井晴敏
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4位 バトル・ロワイアル 高見広春
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5位 柔らかな頬 桐野夏生
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6位 ボーダーライン 真保裕一
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7位 最悪 奥田英朗
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8位 盤上の敵 北村薫
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9位 ハサミ男 殊能将之
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10位 MISSING 本多孝好
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11位 法月綸太郎の新冒険 法月綸太郎
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12位 二進法の犬 花村萬月
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12位 この闇と光 服部まゆみ
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14位 蘆屋家の崩壊 津原泰水
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15位 青き炎 貴志祐介
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16位 ぼっけぇ、きょうてぇ 岩井志麻子
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17位 カムナビ 梅原克文
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18位 プリズム 貫井徳郎
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19位 恋愛中毒 山本文緒
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20位 巷説百物語 京極夏彦
対象は1998年11月ー1999年10月。2000年版という節目の年にまるでふさわしくなく、ミステリーのカテゴリーをまったく無視して、バラエティに富んだ顔ぶれとなりました。これぞ、このミス。例えば、特集「こうして作家になりました!」には、惚れてしまうほど、お美しい若い頃の岩井志麻子さんが出ています。16位の『ぼっけぇ、きょうてぇ』は第6回日本ホラー小説大賞の受賞作。なんと「全選考委員の絶賛のもと受賞」とあり、このミス内でもベタ褒めされています。
そして、2000年、このミスに衝撃を走らせたのが4位『バトル・ロワイアル』です。こちらは第5回日本ホラー小説大賞の最終候補作。令和になって、今さら内容はご説明するまでもないでしょう。「内容がアンモラル過ぎる」と嫌われ、佳作ももらえなかった曰くつきの作品となってしまいました。今は幻冬舎から出ているらしいですが、当時は太田出版というところが笑えます。
パラパラめくってみましたが、そんなに過激でしょうか?サカモチキンパツの「今日は、皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいまーす」の「“皆さん”が問題なだけ」だと思うんですが。もはや、コロナ禍を経た現実のほうが酷過ぎるので、判断能力が麻痺しています。こんなふうに風呂場でボロボロにしてしまった記憶が残っており、いまだ純粋にこの設定は面白いと思っています。
東野圭吾の冷酷なまでの心を排した文章。「ひとつも心を打たない」は正解?超絶技巧が凝らされたノワールの大傑作『白夜行』
ほかでは、東野圭吾さんの2位の『白夜行』。これも今さらネタバレも何もないですが、この本を説明することはオチをそのまま書くこと。そんなことより、この大傑作は東野さんの精密機械のような冷徹な文章に尽きるでしょう。第三者の多視点で主人公ふたりの内面描写を一切省き、行動のみを書く。これが徹頭徹尾、貫かれています。「完璧だが、心をひとつも打たれない」というレビューを読んだことがありますが、確かにそれは当たっていると思います。しかし、そう思わせるのが、東野さんの狙いだったのではないでしょうか。なお、日本でドラマ化された時、何から何まであまりの酷さに笑った記憶があります。いま読み直しても色褪せない。映像化を拒む昭和なトラウマ本の金字塔といっても過言ではないでしょう。
普通の小市民を軽やかにいたぶる筆は疾走感満点!我らが奥田英朗センセ―が二文字作品でブレイクしたのは、この年なのであーる
それにしても、この年は本当に異形だらけです。3位『亡国イージス』は福井晴敏さんの原点ともいえる海上自衛隊もの。文豪・桐野夏生さんの5位『柔らかな頬』は「謎のラスト」をご存知の方ならピンとくるはずですが、ちょうどこの頃からミステリーの枠組みには当てはまらなくなってきました。そして、10位『MISSING』の本多孝好さんといえば、さわやかなハートフルロマンス作家のイメージです。
こんなふうに、このミスの枠組みに微妙な変化が現れた中、我らが奥田英朗は7位『最悪』で颯爽と現れ、一躍脚光を集めます。もちろん、この出世作は3人の小市民を主人公に立てた群像劇。彼ら彼女らがドツボにはまって、徐々に行き場を失い、最後にプッツン。それをさらに容赦なく追い込み、人として狂うほど、運命を弄ぶアドリブ小説はそれくらいインパクトがありました。
本作は、ほんっと、身につまされるわ、感情移入しすぎるわの、登場人物と一緒になき、怒るクライム・ノベルの傑作なのである。
このミスのレビューアーも、後年の作風まで言い当てたような寸評をしていたほど。書かれた時代背景はだいぶ違いますが、破滅や悲劇が通り過ぎるだけ通り過ぎて、ようやく平穏が訪れる……奥田英朗の作風のひとつであるスラップスティックな疾走物語はこの時点で完成していたように思います。
過酷な運命に負けるな、小市民たち!偉才の手にかかれば、超地味なオッサンや兄ちゃん、姉ちゃんもムービースター級の主人公に!
あまりに地味な主人公3人をAIに描かせたイラストでかなり華やかにご紹介。
川谷信次郎は川谷鉄工所の社長。廃業した叔父から設備を譲り受け、地道に社歴を重ねること18年。しかし、自動車の部品などを請け負う製造業の末端であるが故、大企業の無理な注文や納期などに翻弄される毎日で、従業員も不法滞在のタイ人と半人前のふたりだけ。そのため、社長といっても、製造、納品、営業までひとりでこなしているありさまです。
藤崎みどりはかもめ銀行のいわゆる女子行員。ゴールデンウイークの社内イベントさえ断れないような支店で働いており、おまけにそのイベントで支店長に襲われかけたことを課長代理に相談すると、それをネタに支店長を蹴落とそうとする社内の権力争いの道具にされてしまいます。半沢直樹のような話をさらにコントのように誇張した設定はあまりに意地悪です。
野村和也はパチンコとトルエンの密売でしのぎ、昼から年上の女とのセックスにふけるチンピラもどき。ところが、ある日、友人のタカオと一緒に板金塗装会社から、タカオの先輩であるヤクザのワゴンを使ってトルエンを盗み出したところ、ナンバーを通報された落とし前に、組事務所で鉄拳制裁。そして、盗んだトルエンの売値分の450万円を要求される自業自得キャラです。
「新機械→融資→“銀行”←450万円←トルエン」
このようにざっと展開を描くことができますが、そこは奥田小説、途中から着地点はまったく不明です。といいますのも、火を付けるのは脇役だからです。例えば、藤崎みどりの妹がグレ始めるのは、話が無軌道に突っ走り始めるきっかけのひとつ。このほかキーになる人間関係がいくつかあって、展開はかなりスラップスティック。淫乱女の描写、暇でやることのない老人、古い劇画漫画のような激安ヤクザなどは、奥田さんが後年に生み出す傑作の下地になっていることに気付かされます。
『最悪』……当時はいかにもそっけなく、地味に映った作品名も、今となっては二文字タイトルは直木賞作家の代名詞です。ちなみに、本書の冒頭には工場経営の窮状や連鎖倒産、外国人労働者の実情について、リアルな描写があります。奥田さんは令和のいま、日本がこんな『最悪』な状況に陥っているとは思ってもいなかったでしょう。どうせ腐り切った令和なら「バブル崩壊後、間もなく」と「今」では、どっちがマシなのか比べるのも一興かもしれません。奥田英朗、このミス初登場作は今こそ読まれたい一冊です。
※これで奥田英朗という人の魅力が一発でわかる?
※大出世作『最悪』と『東京物語』について☟
二文字作品の第3弾!奥田文学の金字塔『無理』について☟
平成の家族シリーズ『家族日和』『我が家の問題』『我が家のヒミツ』☟
コロナ禍に発表された異質のハートフル・ファンタジー『コロナと潜水服』☟
珠玉のエッセイ集『どちらとも言えません』『野球の国』『田舎でロックンロール』☟
東京オリンピック作品 第2弾『罪の轍』について☟
WOWWOWドラマ化作品『真夜中のマーチ』☟
※最新作『リバー』について書いています☟
※奥田作品の中でも屈指のバッドエンドと最悪の読後感『沈黙の町で』☟
※奥田ブンガク史上、最もお下劣な大傑作『ララピポ』
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