- 何者が背後にいて“永遠の子役”を操っているのか?いかにも『疫病神』シリーズの題材になりそうな令和の米騒動をノワールの巨匠にイジり倒してほしい!~2015年版「このミステリーがすごい!」ベスト20
- なんと“パーマデブ”時代の北朝鮮へ渡ったほど!あらゆる業界の腐れどもの米櫃へ手を突っ込むピカレスクヒーロー!今回のシノギは映画だったはずなのだが……
- 北朝鮮よりも怖く、大手ゼネコンより力を持った最強の敵!巨匠が疫病神コンビを放り込んだ業界はなんのヒネリもなし!序列が厳しい恐怖の“ヤクザ業界”だった!
- フジテレビ系列の軽いドラマなど論外!あの「木嶋香苗事件」を思い出さずにはいられない!高齢独居老人を食い物にする69歳の結婚詐欺師の正体こそが『後妻業』である!
- 傑作だらけの2015年!中でも月村了衛の『土獏の花』『機龍警察 未亡旅団』は令和ディストピアの今だからこそ読んでおきたい!
何者が背後にいて“永遠の子役”を操っているのか?いかにも『疫病神』シリーズの題材になりそうな令和の米騒動をノワールの巨匠にイジり倒してほしい!~2015年版「このミステリーがすごい!」ベスト20
順位 | 作品名 | 著者 |
---|---|---|
1位 | 満願 | 米澤穂信 |
2位 | さよなら神様 | 麻耶雄嵩 |
3位 | 闇に香る嘘 | 下村敦史 |
4位 | 小さな異邦人 | 連城三紀彦 |
5位 | 機龍警察 未亡旅団 | 月村了衛 |
6位 | 土漠の花 | 月村了衛 |
7位 | ペテロの葬列 | 宮部みゆき |
8位 | 破門 | 黒川博行 |
9位 | 女王 | 連城三紀彦 |
10位 | 異人館の館の殺人 | 芦辺拓 |
11位 | 貘の檻 | 道尾秀介 |
11位 | 絶叫 | 葉真中顕 |
11位 | 怒り | 吉田修一 |
14位 | 喝采 | 藤田宜永 |
15位 | ゴースト≠ノイズ(リダクション) | 十市社 |
15位 | 後妻業 | 黒川博行 |
17位 | アルモニカ・ディアポリカ | 皆川博子 |
18位 | 殺意の構図 | 深木章子 |
19位 | 虚ろな十字架 | 東野圭吾 |
20位 | イノセント・デイズ | 早見和真 |
対象は2013年11月ー2014年10月。本稿をリライトしているのが、約10年半後の2025年6月初旬です。なんと、令和の米騒動で日本が大狂乱に陥っています。政府は国民の税金で買い上げた備蓄米を、国民が店頭で5キロ2000円で買えるように放出。そして「古古古米」かもしれない米袋を一番乗りで手に入れた人が「我が家も備蓄米をもっと備蓄したい。ありがとうございます」とテレビで微笑む狂気の沙汰です。“永遠の天才子役”こと、スンズロー大臣は「そもそも備蓄米とは何であるのか?」を知ってか知らずか「どんな手でも使って米の価格抑制する」と朝からイオンにできた行列に得意げな表情。これで日本が天災に襲われたら、どう責任を取るのでしょうか? 「ちょっと“ツンとする”けど美味しい」などと、初めての備蓄米を試食しています。それはカビ臭いというんだよ……。
もうこのバカげた狂騒劇のカラクリは、ぜひとも黒川博行さんの手でイジり倒していただきたい。裏で絵図を描き、阿呆を操っている輩は誰なのか? どこの誰がどう得をするのか? 何より「あるところにはある新米」はいったいどこへ行ってしまったのか? さすがに弱者の弱みに付け込むこの手の詐欺は許されるべきではないでしょう。
さて、ノワールの偉才は6度目のノミネートにして、ついに『破門』で第151回直木賞を受賞します! 2023年に逝去された伊集院静氏は「哀しいものを面白く、愚かなことを懸命に、という一級のペーソスを書いてきた作家のようやくの受賞である」と激賞しました。大人気の本作は『疫病神』シリーズの第5弾にあたり、同名のタイトルでWOWOWでドラマ化されたほか、映画化もされています。まずはシリーズの設定をざっと説明しておきましょう。
二宮啓之は大阪市中央区西心斎橋に事務所を構える「建設コンサルタント」。建設コンサルタントといえば、聞こえはいいですが、建築現場ではヤクザによる工事妨害が頻繁に起こります。そのため、毒を持って毒を制すべく、ヤクザを使ってヤクザを抑える事前工作「前捌き」、略して“サバキ”を仲介するのがお仕事です。ちなみに、二宮の父親は神戸川坂会の傘下である二蝶会の幹部ヤクザでした。その縁で弟分だった現在の若頭である嶋田に子供の頃からたいへん可愛がられています。
そして、その二宮がサバキを依頼するのが二蝶会の桑原保彦です。高級スーツに身を包み、髪はオールバック、眼鏡は小洒落た縁なし。服装だけなら堅気の勤め人でも通りそうですが、左の眉からこめかみまで切れた傷跡、射すくめるような眼差しは明らかに“ソレ”とわかるもの。対立する組へたったひとりでダンプで突っ込み、その場で鉢合わせた下っ端を弾いて、幹部まで出世を遂げたイケイケです。しかし、喧嘩がケタ違いに強いだけでなく、ひとりでいる時はビジネス書を読み耽るような一面も。いわゆるカネの匂いに敏感な嗅覚を併せ持つ経済ヤクザでもあります。
なんと“パーマデブ”時代の北朝鮮へ渡ったほど!あらゆる業界の腐れどもの米櫃へ手を突っ込むピカレスクヒーロー!今回のシノギは映画だったはずなのだが……
二宮と桑原は北朝鮮のカジノ建設投資詐欺で持ち逃げされた組のカネを取り戻すため、金正日(パーマデブ)時代の北朝鮮へ一緒に乗り込んだほどの間柄。産廃利権、運送業界の裏金、金満坊主の懐、選挙の裏金など、あらゆる業界にいるヨゴレの米櫃に手を突っ込み、わざわざ火傷をしてしまうピカレスクヒーローなのです。ふたりのシノギをシリーズごとに整理しますと、だいたい以下のような感じでしょうか。しかし、カタギの二宮にしてみると、恐ろしすぎる修羅場ばかりなので、この腐れ縁はできればもう切りたい。実際、いつも怪我ばかりしており「これが最後や。この始末がついたら桑原とは二度と合わん」が決まり文句になっています。
作品名 | 主なシノギと巻き込まれる事件の概要 |
---|---|
疫病神 | 産業廃棄物処理場建設を巡る利権争い |
国境 | 北朝鮮への重機輸出詐欺とカジノ建設投資詐欺 |
暗礁 | 運送会社の裏金と賭け麻雀、放火事件 |
螻蛄 | 仏教団体のお家騒動と宗宝の奪い合い |
破門 | 映画製作出資金詐欺と暴力団抗争 |
喧嘩 | 議員秘書が関与する選挙利権 |
泥濘 | 診療報酬詐欺と老人ホームを巡る警察OB団体の利権 |
そして、この『破門』のシノギはなんと映画。若頭・嶋田が出資した3000万円の半金がプロデューサーに持ち逃げされるところから始まります。映画の内容は北朝鮮から日本に潜入したスパイを韓国のKCAIが追いかけてきて、日本の公安刑事と大立ち回りをするというもの。そのため、北朝鮮に渡航歴があり、なおかつ映画好きの二宮もシナリオチェックに携わることになっていました。ところが、桑原の話をよくよく聞いていると、出資金の出どころは「シマダカンパニー」になっており、しかも、桑原のカネも含まれているどころか、嶋田は可愛い二宮の分もひと口だけ立て替えておいたとのこと。そこで、今回の“回収”にも付き合う羽目になるのです。
北朝鮮よりも怖く、大手ゼネコンより力を持った最強の敵!巨匠が疫病神コンビを放り込んだ業界はなんのヒネリもなし!序列が厳しい恐怖の“ヤクザ業界”だった!
この直木賞受賞作のシノギは映画であっても、描かれている業界はヤクザの世界がほとんど。桑原の属する二蝶会は神戸川坂会系、そして、今回は同じ傘下でも、はるかに格上の組織として亥誠組の登場します。その構図は自〇党の派閥争いを見ているようで、“枝内”のパワーバランスが絶妙に表現されています。これまで無敵街道を突っ走ってきた桑原の最大の敵は、北朝鮮でもなければ、大手ゼネコンでもなかった訳です。実際、逃げた映画プロデューサーの身柄を巡って、前半早々で左肋骨付近を刺され、肺損傷という重症を負う憂き目に。にも関わらず、組内での立場は危うくなっていくばかりで、その姿はまるで後ろ盾のない無派閥議員をイメージさせます。
「おまえはなんや、親に説教しとんのか」(二蝶会組長 森山)
「いえ、そんな気は……」(桑原)
「理屈をこねんなよ、理屈を。相手も見ずに喧嘩して、組に迷惑かけてどないするんじゃ。いまは亥誠組が出てきてへんけど、出てきよったら戦争やぞ」(森山)
しかし……
「わしと木下が突っ込む。おまえはアパートに入って二階へあがれ。あの部屋から下に飛び降りるんや。死んでも金は取られるな」
なにかいいたいが、声が出ない。バッグを肩にかけた。
間合いが詰まった。牧内は白鞘の匕首を持っている。鞘を払った。
「行くぞ」
だから、結末は『破門』という訳です。
数日前まで話を戻しますと、桑原が手術している間、桑原の内縁の妻である真由美と二宮の間で交わされる会話によれば……
「桑原は」
「いま、手術してます」
「傷は深いんですか」
意識ははっきりしていた、ちゃんと喋っていた―、そういった。
(警察にいらぬ詮索を受けないように)「わたしが包丁を振りまわしたというたらいいんですか」
命を落とすまでの致命傷ではなかったようです。しかし、再び動き回っているうちに縫った個所が開いてしまい……続きが気になる方はぜひ。シリーズの中でも描かれている業界が究極にシンプルであるが故、暴力シーンは圧倒的な迫力。すべての台詞や行動がストレートに胸に響きます。もちろん、シリーズ第5弾にあたる本作から入っても大丈夫。ドキドキ、ハラハラ、最高に胸躍ることを約束しま……?笑
※『疫病神』シリーズの一部はAmazonプライムで視聴可能なようです。



フジテレビ系列の軽いドラマなど論外!あの「木嶋香苗事件」を思い出さずにはいられない!高齢独居老人を食い物にする69歳の結婚詐欺師の正体こそが『後妻業』である!
さて、この年には「木嶋佳苗事件」を彷彿させる『後妻業』も発表されます。遺産を狙って結婚相談所「ブライダル微祥」で知り合った高齢男性と結婚し、公正証書遺言を作成させてから、計画的に死へ追いやる悪女、武内小夜子、69歳。
―何者や、こいつは。
―結婚詐欺師かな。
―六十九で結婚詐欺師かい。
―後妻業や。
―なんや、それ。
―資産家の爺の後妻に入って遺産を掠め取るんや。
この女詐欺師を操るのはブライダル微祥の所長である柏木亨。そして、小夜子には娑婆にいるより、懲役暮らしが長い極道の実弟がいます。「入籍→夫死亡→除籍」を繰り返すこと9回。夫たちの死因は脳梗塞、肺炎、溺水、交通事故など、実にバラエティ豊か。そして、この闇を元刑事の本多が嗅ぎつけ、追いかけ回すというのが、ストーリーの概略です。

ドラマがあるらしいですが、年齢から登場人物の造形まで原作とはまったく異なるようです?
もともと黒川さんはデビュー作『二度のお別れ』が、あの「グリコ森永事件」にあまりに酷似していることから、実際に警察の聴取を受けたほどのリアリスト。この作品も財産を奪われた遺族の会話から葬儀の段取りの様子まで、いちいち、ゾッとするほどのリアリティです。
そして、場面場面で臨場感を醸し出すのが、戸籍や登記簿謄本、公正証書などの公的書類でしょう。黒川作品にはこの手の書類の文字が散りばめられていることがよくありますが、本作では転籍を繰り返す小夜子の戸籍謄本の内容を追いかけているだけで作品に引き込まれていくのです。
なお、この一冊はラストの一撃で読む者の心を射るノワール。すべてを最後の10ページ少々に収斂させた見事な着地に舌を巻きます。そして、当たり前のことながらフジテレビ系列の軽い映像作品など論外で、原作で読んでこそです。
傑作だらけの2015年!中でも月村了衛の『土獏の花』『機龍警察 未亡旅団』は令和ディストピアの今だからこそ読んでおきたい!
蛇足ながら、2015年版のベスト20は藤田宜永さんの『喝采』、麻耶雄嵩さんの『さよなら神様』、葉真中顕さんの『絶叫』、吉田修一さんの『怒り』など、とにかく心に残っている作品だらけです。しかも、令和の今だからこそ、読み直したい作品がめじろ押しです。例えば、日本の外交を考えてみてください。“いのち輝く”大阪万博では一方的にウクライナへ侵攻したロシアの参加は拒否しながら、パレスチナへの攻撃を止めず、国連からも非難されているイスラエルを受け入れる大矛盾。ついには、私人である元首相夫人がロシアを勝手に訪問し、歓待される異常事態。そして、それに対して政府の見解は「関与せず」です。
このような時世を踏まえましても、月村了衛さんの5位『機龍警察 未亡旅団』、6位『土獏の花』は長く読み継がれてほしいと思います。特に後者を読めば、戦中のように備蓄米に頼らざるを得ない米不足の状態にあって、しきりに憲法改正を唱える政党が与党である現在が、いかに狂気に満ちているか理解できるはずです。
以上、2025.0602 改稿



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